埴谷雄高『薄明の中の思想』1978,埴谷雄高の思想の到達点だろう

   『薄明のなかの思想』、・・・・・何かにつけて「闇」 とか「晦暗」とかという形容で自他を律してきた埴谷雄高 としては、うっすら希望を見て取るかのようなタイトルは 「あれ?」と思わせるものはあった。そのかなり前、1960 年代末の映画論集では『闇のなかの思想』と名づけられて いたではないか。「闇」が「薄明」になった理由で…
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健康保険証廃止で必ず起こる超弩級の大混乱、いったい誰のための国なのか?

    とにかく国のドクマ盲信、強行の体質に国民はとんでもな い迷惑を被ることは避けられない。ドグマ盲信の挙げ句の絶対 に修正しないという誤ったメンツ、誰のための政府なのやら。 つまり「デジタル化推進」というお題目めいたドグマのため に冷静な判断が出来なくなっている、それが政治家なのか、官 僚に操られているだけなのか、見てい…
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生活スタイルからラジオがほぼ消滅、ラジオ文化は消すのは惜しいが

 かってはNHKはラジオでも受信料を徴収していた。それが 終わったのはもちろん、相当前だが、1962年くらいだろうか? 調べたら分かるが、ラジオはテレビと並ぶ、実は主役であり 続けていた。だがテレビに圧倒され、衰退は顕著だったが、そ れを一気に盛り返したのは受験生、高校生、中学生、また大学 生など向けの深夜放送だった。19…
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サルトル『ユダヤ人』岩波書店とヒトラーのオーバーアマガウ村「キリスト受難劇」鑑賞

 日本人から見たら典型的な白人であるユダヤ人がなぜあれ ほど歴史期的に差別され、迫害を受けたのか、「印欧語族」 自体は言語の系統の概念だが、同時に人種、民族とも重なる。 ユダヤ人はヘブライ語で印欧語を使う民族ではない、無論、 白人でも非印欧語族は少なくない。ともかく日本人にとって ユダヤ人は正直、ピンと来ない。実感を持って…
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