戦後はなぜ大和、ゼロ戦の時代になったのか?
戦の時代だった。それも下火にはなったと思うが、海軍は戦前、あま
りにも秘密主義で、無論軍事情報は戦前は秘密主義だったにせよ、全
く存在を一般国民に知られることもなかった戦艦大和、また愛称さえ
募集した陸軍戦闘機、また「加藤隼戦闘隊」のように映画さえ制作
され、その国民への浸透ぶりは半端でなかった。だが大和は完璧に
秘匿され続けた、ゼロ戦も零式艦上戦闘機とは云うがパイロットでも
名称がなく、坂井三郎さんによれば「あの飛行機」と云っていたそう
だ。
その隠蔽された海軍の戦艦大和、またゼロ戦が戦後を席巻した。大
和などは実質、いかなる功績もない、ただ天文学的な製造費用がかか
り、戦歴もないに等しく、ただ莫大な戦死者を生んだだけである。
時代的には少年雑誌、戦争雑誌などで昭和27年ころからその存在
が知られてきた。その大和の威容は対米戦争で惨敗を喫し、世界の
五流国に転落、縄文時代レベルの生活という惨憺たる終戦後の日本
国民の云うに云われぬ劣等感、絶望に打ちひしがれていた精神に驚き
を与えずにはおかなかった、
「こんなすごい戦艦があったのか」
ゼロ戦も実は知られ始めたのは昭和20年代後半、である。昭和30
年代にはいり少年週刊誌、少年サンデー、少年マガジンが創刊され
、ほぼ毎号、特集は戦争関連であり、日教組からもクレームが出る
くらいだった。そこで中心は戦艦大和とゼロ戦だった。もちろん陸
軍機もたまには特集されたが主役ではなかった。
なぜここまで少年週刊誌、実は社会全体の風潮であったが、大和
、ゼロ戦時代になったのかと云えば、アメリカに惨敗した極度の、
引け目、劣等感である。もはや軍事は当然で経済、生活水準でも
アメリカとは別世界の低劣極める日本の絶望的な状態、だがあれほど
実は戦っていた、優れた兵器があった、という負け惜しみ以上の何か
があったはずである。さらにいえば、「いまにみていろ」の日本国
民の臥薪嘗胆的な精神構造が戦後の経済発展を生んだのだと思う。
兵器としてみれば大和は使われ方もあったが失格だし功績はゼロで
あろう。ゼロ戦は、・・・・優位に立てたのはせいぜい、開戦一年
いないと思える。
ただ考えてみるべきは日本は石油資源の不足、燃料の絶対的不足
という制約があった。戦艦など動かそうにも、まして大和のような
戦艦を動かそうにも燃料が絶対的になかった、それは最初からであ
る。ガダルカナルでも大和を使えなかった理由はまず大和の消費す
る莫大な燃料を調達できなかったからである。
ゼロ戦にせよ、エンジンの必須のエンジンオイルは一貫して戦前
にアメリカから輸入されたものであった、最後までエンジンオイル
は日本は製造できなかったといえる。
対米戦争は経済的に最初から破綻していた、無謀だった、最初だ
け勝てたでは意味はないのであるから。その絶望の戦争で完膚なき
までに負けて思い知った惨めさ、悔しさ、それをいくばくかでも
晴らすものが大和、ゼロ戦だった、無論、大和は造形美があったと
という事実もあるが。
だが戦後の大和、ゼロ戦時代も終焉を迎えつつある、流石に戦後
は長くなった。ひたむきさの裏返しだった大和、ゼロ戦も過去の熱
狂はもはやない。
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