人生で最も数多く聴いた歌『ザ・ボクサー(The Boxer)』サイモン&ガーファンクル


 ダウンロード (1).jpg全くそのとおりで、人生で一番数多く聴いた歌はと云えば、もう
サイモン&ガーファンクルの『ザ・ボクサー』The Boxerしかないの
である。歌はそれぞれいい味があるにせよ、この『ザ・ボクサー』
のどれも足元にも寄れないものばかりだった。(以下、簡略にボ
クサーと呼ぶ)初めて聴いたのがいつだったか、歌が作られ、吹き
こまれたのが1968年後半くらいと思われる。後にLPに収録された
「明日に架ける橋」、それを見るとボクサーのレコーディングの期
日はUnknownとなっていた。だがその辺りとは思う。初めて聴いた
のはもちろんラジオだが、1969年、昭和44年の前半だと思う。イン
トロからもう途轍もない電気に打たれたように、ただまだレコード
も持てない時期だった、LPを入手したのは大分経って、昭和45年の
末くらいだった。それまでは聴くといて偶然、ラジオから流れるの
を待つしかない状態だった。

 その歌、から受ける感動はそれまでの経験にないほどだった。どん
ないいと思った歌でも続けて数回聞けば飽きるものだが、ボクサーは
数限りなく、一日聴き続けても飽きる気配はなかった。それほど精神
に深く染み込んだ。

 あまりに孤独で家庭にも恵まれず、エドガー・アラン・ポーの母親
は狂人じみていたというが、そのような意味で同じよう母親、子供に
は全く愛情の欠片もなく精神性もかけらもない父親、家庭は爬虫類の
ようにといえば爬虫類に悪いような冷酷な家庭だった。友人も乏しく、
のけ者のような生活ばかりだった、孤独すぎた私、その孤独を慰めて
くれたのはボクサーだけであった。LPをはあっという間に摩耗してだ
めになってしまった。後にカセット収録して、くり返し聴き続けた。
ボクサー以外何が慰めててくれるだとうか、という思いだった。

 復学した高校もそれまでに輪をかけた孤独だった、高校最後では遂に
一時的資産を溜め込んだ家庭が、馬鹿げた詐欺にかかって住む家すらな
くしてしまった。それから長い長い帰る家もない彷徨が続いた。

 ずーっと聴き続けてきたボクサーである、この歌ではまだ帰りる家が
あるみたいだが私にはそれもなかった。

 毎日、50回は聴いたとしてではトータルで何回今まで聴いただろうか
さすがに40歳を超えるとかっての感動も薄れては来たが、それでもほぼ
毎日聴いたと思う、それは今でもである。

 だが私も老いは隠せない、感性もあるいは鈍くなった、・・・のかも
しれないが、過ぎ去った確定した事実が一層、重くのしかかってくる。
ボロボロで泥まみれの人生だった、そのような私にボクサーの歌詞は今
でも心にしみる。

 ボクサーの歌を思い浮かべてこの世をさりたいという気もする。

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