『鮫人』谷崎潤一郎、大正デモクラシーの陰の文学


 20160920233318774552_d8bee844aead15779569ee889068be3a.jpg1920年、大正9年、あの賀川豊彦『死線を越えて』が出版さ
れ、ベストセラーになった。話題性は大変だったそうで、初版
は即売り切れ。キリスト教徒にして社会運動家、神戸の貧民窟
で牧師、キリスト教精神を実践に活かす、労働組合運動にもこ
れを持ち込んだ。大いなる刺激になったのは間違いない。

 大正時代というのは文壇的言えば芥川龍之介が活動していた
時期である。だが芥川の作品は時代を反映しているとはいい難
く、文学的にも同時代の作家に比べ、正直見劣りする。誰でも
いい、例えば葉山嘉樹の作品と比べたらいい。

 それはさておき、海外文学も数多く紹介され、ロシア文学
の名作、大作、またゲーテのヴェルテルモ青年たちに熱狂的
によまれたという。大ベストセラーと云うなら倉田百三『出家
とその弟子』であり、瞬時に188版を重ねたと云う。

 だが葉山屋敷、黒島伝治じゃないが、あの当時の日本が
綺麗事で済ませられるわけはない。『鮫人』なんだか気持ちの
悪そうな題名である。谷崎潤一郎は怪奇な作品も書いているが、
その中の一つだろう。

 舞台は浅草六区、余りお世辞にも爽やかでないどころか、
薄暗く、ごみごみしたもう人生から脱落したような者たちが
行き着く場所である。まさに薄汚い、ごみごみした浅草公園
周辺、生活はもう食うや食わずの断崖絶壁。ただ妙に、泰然
自若な部分もあって飄々としている。意外とゆとりがあるか
のような精神、眼差しは多々高い。

 『鮫人』なる海坊主的な題名、怪奇妖美なのだろうか。

 設定はまさに小説と言うに値する緻密さ、鮫人の醸し出す
ファンタジーてきな雰囲気は浅草ならではなのか。若い女性
、『林真珠」なる処女が現れる。で、これが鮫人、神出鬼没
、変幻自在な登場。でいいのだが小説自体が尻切れトンボで
終わってしまう。それはそれでいい、余韻があって。更級日
記の、半ば尻切れトンボの醸し出す余韻と似ているかも知れ
ないが、さて。やはり谷崎は小説の天才である。

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