香月弘美さんの新たな発掘画像


 正直、1958年、昭和33年4月1日、午後6時20分ころ、宝塚
大劇場での公演中、舞台事故で亡くなられた香月弘美さん
についてはブログで数回にわたり、心血注いだ記事を書いて
、もう書き加えることはない。書こうと思った動機が、あま
りに興味本位に香月さんの舞台事故について書いているサイ
トが多く、それに反発して、香月弘美さん(小笠原弘恵さん」
の人となり、あたたかい人間性とひたむきな情熱をについて
触れておきたかったから、その画像を後世に残して置きたいと
思ったからで、事故の具体的上状況を好奇心をそそるように
描くことは耐えられないわけである。

 直後の報道を新たに発掘してはいるが、別に新たなものは
見いだせない。画像としては、あの事故の舞台ではないが、
香月弘美さん、日夏有里さんの和服姿の写真がある、むろん
左が香月さん、器量の良さが光る。奇しくも日夏さんの代役
での出演で事故遭遇となった。

 IMG_4135.JPG

 香月さんについて付け加えることはないが、事故の状況に
ついては軽々しく書くべきではないが、セリのシャフトに
衣裳の裾がからみつき、シャフトの回転による、裾に編み込
まれていた鋼とともに巻き込まれ、ほぼ胴体が切断したが、
なお離れず最も下までセリがついた。駆けつけた舞台員が
手を差し伸べたが、担当の祐野公演課長はまだ香月さんは
生きているように思えた。その手を差し伸べた瞬間、最終的
に胴が分離され、祐野課長に上体が倒れ込んできた、という
状況であったようだ。具体的な記述は差し控えるべきと重々
承知しているが、・・・・・・悲惨である。

 IMG_4134.JPG

 宝塚で初めてと云うより、世界の舞台事故でもちょっと例
のない惨劇であった。

 最初に香月さんの記事を書いたのが2013年の11月末くらい、
それから舞台の模様替えがあったわけ、・・・・・今年で
事故から62年が過ぎた。

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