残念ながら日本文学最大の汚点、稀代の代作作家、「川端康成」あっと驚く自殺の真相


 kawabata.jpg確かに川端康成は北條誠を書生として自宅に住まわせてい
た、別に弟子を取ることに熱心だった作家だったわけでもな
いのに、その「少女小説」は全作、他人、女流作家の代作だ
ったことは「彷書月刊」に詳しく述べられている。まだ、と
云うかついに有名にならなかった女流作家が多く、その中で
多少著名は中里恒子であった。でも、川端康成、とはいえ、
自分名義の少女小説をすべて他人名義で平然、それについて
文壇も出版社も一切口を出さない、というどころか「川端康
成の尊厳」を虚名であっても守ることが絶対的な優先事項で
あり、それは現在も未来も変わらないであろう。

 無論、著名作家でも代作は古来多い、海外でも「モンテクリ
スト伯」、「三銃士」の大デュマ、アレキサンドル・デュマだ
がそれらの代表作がすべて代作だったことが明らかになってい
る。オーギュスト・マケなる歴史学者がその作者だったが書簡
で証明されている。だから盗作、盗用などはかわいいいもので、
超著名作家でも「まるごと代作」は普遍的であった。徳田秋声
は比較的代作が多いが、それでも共同執筆者!として名前を出
したり、、「勉強のために」という配慮もあった。・・・・・
だが川端康成は文壇と出版社の「圧倒的保護下」で代作のオン
パレードが見て見ぬふりで批判は一切なかった。だからこそ
稲垣足穂が「川端なんて千代紙細工や」と小馬鹿にしていた
にはその事情に通じているからでもあった。千代紙細工?
まあ、自分で書いたとは思われる「雪国」でも、「ツギハギだ
らけ」と三島由紀夫が云い切っている。

 川端家にいた石浜恒夫、フランク永井の「恋さんのラブ・コー
ル」の作詞もおこなった、そのなかに「こいさん、こいさん、
『女であること』夢見る」なぜここで「女であること」など
出したのだろうか、出す必要もない、・・・・・「女である
こと」が川端康成に書けないことはちょっとものが分かる人間
には当然である。作者は「石浜恒夫」だ。だが「女であるこ
と」や少女向け小説ばかりではなかった。「恋さんのラブコー
ル」の歌詞で石浜恒夫は「女であること」は自分が書きました、
と暗示以上を行ったのである。

 端的に云えば川端康成の代表作はほぼ代作であるが、文壇、
出版会、既成メディアはそれを無視し、告発するものを揶揄し
、無視することで通してきたといえる。

 板坂剛氏は三島由紀夫研究家でもあるが、三島との関連で
川端康成の代作問題をいくばくでも述べた方である。「極説・
三島由紀夫」の最後の方にそれが書かれてある。その後の
「真説・三島由紀夫」で新潮社が早速警戒し、「川端康成の
尊厳を守る」ために、それが虚構の尊厳であろうと、守るため
にイヤガラセ、脅し、告訴も考えたが夏目書房という零細な出
版からの本で、下手に告訴は藪蛇と思ったようで、無視が最善
を決め込んだ、だがその後も新潮社は板坂剛氏の監視を続けた、
今もである。

 「極説」の方にある内容だが、あくまで私の見解も込めてで
単に引用ではないが、こうある。私の見解を込めて内容、表現
は変更がある。「真説」も混じえている。


 昭和21年、1946年1月27日、原稿持参で鎌倉の川端康成を訪れ
た三島、平岡公威は以後川端を文学上の師として作家の道を歩ん
だ。川端のノーベル文学賞受賞では自身の落選に落胆しつつ、そ
れを隠し、「日本の誇りであり、・・・・」と美辞麗句を連ねて
いた。

 だが晩年の三島由紀夫は川端を罵った、稲垣足穂の云う「川端
なんか千代細工や」稲垣足穂には傾倒していた、

 「あの人(川端)はだめだよ、全然作家とはいえない」

 さらに

 「よく生きてるよ、存在自体が恥だな」

 「あそこまで卑怯な人間は見たことがない」

 「詐欺師だよ」

 川端康成と三島由紀夫の書簡は、往復書簡は新潮社が「きれい
ごと」だけ発表している。隠蔽されたものが多い。未公開書簡に
激しい川端憎悪が述べられている

 市ヶ谷乱入の年の8月に親しい友人へ川端を

 「作家と呼ぶに値しない」

 と云い切っている。川端がノーベル賞受の直後でも「『雪国
は継ぎ接ぎだらけの駄作」と書いている。『雪国』は何冊かの
雑誌に間隔をあけて連載されたが、実質、編集者の筆が相当入っ
ていた。

 三島はそのような事情を知っていたので、「継ぎ接ぎだらけ
の駄作、文学以前」と蔑んだのも理由はあった。

 川端は戦前から多くの作家、伊藤整らに、また少女関係は
中里恒子、吉屋信子らさらに無名な人に代作を依頼し、発表
後も平然としていた。戦後は北條誠、沢野久雄らが主に代作
を担当した。北條誠は無関係な「恋さんのラブコール」に、
ついぽろりと「自作」への愛着が出てしまった。「女である
こと」

 川端康成の原稿は出版社の編集が持ち帰っていたが

 「本当にひどい、体裁をなさない、支離滅裂だ」として
「このままでは到底公表できない」として編集が間に入って
他の作家に依頼し、大幅に書き直すことが常態化していたの
である。北條誠が住み込み時代のお手伝いさんの証言からも、
北條誠が代作を強要され、いつも不満そうだったという、
証言がある。だから「恋さんのらぶこーる」で僅かな反抗?

 川端康成の代作問題は日本文学最大の汚点であり、最大の
「公然の秘密」である。

 出版界、文壇では常識化していた。ただ

 「川端康成」という名前は虚構でも出版界には超ビッグな
存在で有り続けた、しかも代作のお陰で、である。

川端自身の文章

 「『古都』を書き終えて十日ほどは、私は沖中内科に入院し
た。多年連用の眠りクスリが『古都』を書く前からいよいよ激
しくなった。濫用となた。多年の害毒を逃れて飼った私は、『
古都』連載が終わって入院したが、禁断症状が猛烈に起きた、
東大病院に運ばれた』、入院して十日ほど、意識不明であった」

 『古都』連載中の記憶は失われていた、とも述べている。「
果たして可笑しいところが多数、辻褄があわないところも、校正
で大分直したが・・・・・」

 これは単行本の「あとがき」だが、このような睡眠薬に病的に
染まった「眠りクスリに酔って、うつつないありさまで書いた」

 要は人事不省の状態で到底、書けるはずはなかった。だが
『朝日新聞』に途切れず106回連載、

 ある出版の編集は

 「あの頃の川端の原稿は全く使いもにならないものばかり、
発表されたものは、みなゴーストライターが書いたものです」

 ゴーストと云って北條誠とか、沢野久雄だから尊重すべきだ、

 その箸にも棒にもかからない状態のさらに少し前、昭和35年、
1960年にも東大病院沖中内科に入院、ただでさえ執筆能力の
低い川端が小説など書けるはずもない、ことは明白だ。
 
 だがこの時期、名作!を並行して仕上げている。

 『眠れる美女』 1960年1~6月『新潮』連載
翌年、連載再開、

 同じ1961年『美しさと哀しみと』を翌年まで『婦人公論』に

 さんざんで意識さえ酩酊の時期『眠れる美女』、『美しさと
哀しみと』、『古都』を連載、仕上げている。

 さらにこの頃、「文化勲章受章」、毎日出版文化賞、あげく
のノーベル文学賞、

 私は三島由紀夫は嫌いだが、代作がなかったことは秀逸だ、
あの「川端康成」の名前だけで代作で名声の極致に達したのを
みれば。三島由紀夫が激怒したのも当然であろう。

 三島夫人、平岡瑤子は三島が

 「川端の作品は俺が書いた」と述べたと友人にもらしている。
自分は受賞を逃すばかり、栄誉とあまり縁がない、その一方で
川端はその虚構の名声で代作で「名声」を堅固にし、栄誉の嵐、

 三島はふと「あの人(川端)はいずれ制裁を受けえるよ」と

 川端の虚構の名声への憤りは高まるばかり、川端へ松村剛に
書かせ、送らせていたという。三島が松村剛に書かせた。代作
批判で脅迫が代作では、これも滑稽である。この「脅迫状」がも
しこ書店に入ったら青天井の値がつくだろうという。『眠れる
美女』は三島の執筆である。中央公論社、日本文学全集「川端
康成」の解説は三島、『眠れる美女』への文章が、「ちょっとお
かしい」と私は直感した。他の作品への文章と明らかに異なるの
である。

 板坂氏にあ新潮社のある編集はこう述べたという。

 「私も何人もの作家に代作を頼みました。それが出来ないと
新潮社の社員は務まりませんよ、みな、作家も良心の咎めもな
く、でも絶対にゴーストライターを拒否した作家は二人です、
三島由紀夫と大江健三郎です」

 左右と対立するが、三島由紀夫と大江健三郎はやはりさすが、
というべきだろう。

 代作ばかりで究極の栄誉を得た川端康成、自身は衆前に生首
をさらす汚辱だ、三島の川端への怒り、だ。それは川端の前へ
の亡霊となったかもしれない。

 ★川端康成はなぜ自殺をした?

 代作ばかりの川端への脅迫状、村松剛による脅迫状は舞い込み
つづけた。三島自決後、他人を装っての脅迫状

 「三島さんにあなたは悪いと思わないのか!」

 三島自決後の川端の行動は異様を極めた、何を思ったか、都知事
選で秦野明支援、

 三島自決後、川端は三島の亡霊に悩まされていたという。沢野
久雄の証言がある。原稿を書いていたら机の向こうで三島が睨んで
いた、ギャーと悲鳴を上げて川端はわなわな震えた。奥野健男の前
にも亡霊が現れたそうだは、奥野健男は代作してもらったわけでも
ないので平気だった。

 川端康成は三島の亡霊に悩まされて自殺した。『眠れる美女』も
ノーベル文学賞の受賞理由の一部だ、「それでお前は恥ずかしく
ないのか!」

 お手伝いさんなど理由ではない。臼井吉見は『事故のてんまつ』
で山口瞳の文章を盗用しているではないか、安曇野を売りだした
いだけのあんな男の書いたものなど信用できる道理はない。

 「もはや、存在自体が恥だ」と三島が云い切った川端康成、まこ
とに日本文学の恥ずべき金字塔だろう。

 私は最近、出版編集に関わる方と昵懇になったが分かったことは、
この日本で出版刊行される本は表向きの著者の有名、無名関わらず、
ほぼ最低でも9割以上はゴーストライターによるもの、いや9割で
はなく、ほぼ全てがゴーストライターによるものと知った。出版の
編集の最大の仕事はゴーストライターとの折衝である。専門的に、
ゴーストライティングを請負う会社もある。学術論文すら、である。
この世にはゴーストライティングの世界、既成メディアはその隠蔽
が役割である。上から下まで、何から何までこの世はウソ、ペテン
、ハッタリの世界である。

 

 

この記事へのコメント

2022年09月25日 16:43
なワケない笑
2022年11月26日 02:47
伊豆の踊子、雪国…どこが良いのか疑問だったがなるほどそういうことでしたか