小津安二郎監督、大船行き電車の中での横須賀線のエピソード
あの小津安二郎監督、もちろん映画監督だが、戦後、昭和20
年代半ばの話だという。横須賀線の当時あった「二等車」で
女優の桂木洋子さんと隣がけで座っていると、突如として「
旦那、こいつはちょっと酔っ払っていますから、ちょいと掛
けさせておくんなせえ」と、いささか凄みのある遊び人風情
の男が、一人の酔っぱらいを抱えて割り込んできた。
「ううん、いいとも」と小津監督は身を縮めて酔っ払いを
掛けさせてやったが、さらに「旦那、こいつを大船でおろして
やってください。お願いしやす」と体よく酔っ払いを預けて、
遊び人はさっさと電車を降りてしまった。
「困ったなぁ」と小津監督、酔っ払いは「酒呑むな、酒呑
むなぁのご意見なれど、よいよいか」と、正体がなくなてい
る。酔っ払いはどうしても降りようとしない。
それはそれで放っておいても良かったはずだが、そこは誠意
をもって、・・・・・
「あなた、降りないともう電車がありまsねにょ」と葛城洋
子も助太刀するが「電車なんかなくなったて、なんでえ」と怒
鳴って手がつけられない。
すろと小津監督、その酔っぱらいの耳許で何かしら、呟いて
いる。するとさっと酔っ払いは立ち上がって「おお、サンキュ
おじさん、バイバイ」と小津の手まで握って電車を降りていっ
た。
まだ売出中の若い女優の桂木洋子が「すごい、酔っぱらいが
おとなしく降りていったわ、先生、何かおまじないでも?」
小津監督は苦笑して「いや、大船野駅前に旨い飲み屋があるっ
て教えてやったんだよ」
なるほど、なかなか粋な小津監督だと思う。まだ46歳?くらい
だったはず。若い頃は気短かで怒りっぽかったが後年は接する態
度も通人になったようだ。
この記事へのコメント