『衝突針路』高橋泰邦、Kindle,光文社文庫、海洋推理小説という分野開拓だが報われない (初版、早川書房1961)
最初は早川書房から1961年、後、光文社文庫1987年、古本
で入手できるがAmazonでKindle購入が可能である。だが忘れ
られている「海洋推理小説作家」高橋泰邦である。1961年に
『大暗礁』、『衝突針路』翌年に『紀淡海峡』と報われぬ新
分野開拓、海洋推理小説である。
『衝突針路』は「進路」でなく「針路」が特徴である。
8月初め、三陸沖一帯は濃霧に覆われていた。貨物船の多聞
丸は材木を満載して横浜に向かっていた。だがいくら進んでも
濃霧の中、突然に多聞丸のそばで汽笛がきこえ、濃霧の中から
他船の黒い船首が突き出てきた。
両船は必死で回避を図ったが、衝突してしまった。多聞丸サ
イドに相手「ひさか丸」の船首が突き刺さる形になった。もは
や沈没は必至となって全員退避、だがそのとき二等機関士の久
保の姿が見えない。
この作品は衝突と機関士の行方不明を焦点としている。機関
士の遺体は船が近くの港に曳航されて機関室の中で見つかった。
殺人か、殉職か分からない。同僚の小野寺航海士が語り手となっ
ての小説は進むが、小野寺は衝突の責任者として、また死んだ
久保の親友として作品の主人公である。
久保が誰かに殺害されたら多聞丸に責任がかかり、不利とな
って小野寺航海士は海難審判で責任を問われるが、殉職なら、
相手の船舶の責任が大きくなる。海難審判手続きが進むので、
まず普通の読者には疎い海難審判の知識が得られる。生前の久
保の身辺の調査が進み、予期しない複雑な人間関係が露呈する。
だがトリックというのか、ほどのものはなく、あっけない結
末というべきで、「なーんだ」となるが、この作者、高橋泰邦
は海洋推理小説という不人気覚悟の新分野を開拓したことでそ
の名を残す、推理小説と云えばまず陸の上の話である。でそれ
も陸上の生活のような客船ではなく、貨物船という未開拓の
舞台を選んだこと、はチャレンジだったと思うが、やはりどこ
か面白さに欠けるのは否めない。人物の表現も何か素人くさい
気はする。成功作ともいい難いが、そのチャレンジ精神は買え
ル、ただし受けないわけである。
作者 高橋泰邦
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