栗田勇『伝統の逆説』1963,怖ろしいまでの意欲作、新しいチャレンジ
厚さはさほどではないが、内容は得も言われない意欲的な
チャレンジである。栗田勇が30歳過ぎくらいだろうか、まさ
に意欲満々のチャレンジ的評論である。その目次のタイトル
をずらっと見ても、その多彩な!内容は衝撃的だ。
伝説の逆説、伝統の二つの顔、蘇る時と空間、伝統主義批判
、新しき視点の発見、日本美の起源、来迎図とデカダンス、
古今集と美意識の発生、修辞学の復活、日本的空間の特質、
劇的濃密性について、空間論の今日的課題、空間の演出性、
四季の行事と生活演出、4質、密度、リズム、「間」の概念と
空間意識、桃山における美学の成立と発展、桃山陶芸における
創造と偶然、利休美学の逆説、数寄屋における不定形の意味、
現代における伝送の創造、あとがき、・・・・・・
そのチャレンジ精神には感心するが、そのテーマは、目的は
「あとがき」に述べてある。
「日本とは何か、私とは何か、それこそが本書のテーマで
ある」
まことに本質を求めるその気概はすごい、単に美術評論で
もなく、文芸評論でもなく、文明批評でもない。そのすべて
を含み、あるいは睥睨して伝統について考えようというのだ。
しかも問題はジャンルのみにあらず、だ。
「伝統」という固定観念の解体作業が行われねばならな
い。こうして本書は最初に示したように、恐ろしく広い分野
と原理的な問題を抱え込むことになった。
しかし著者の栗田勇は、その道を深刻ぶらず、軽やかに駆
け進んだ。全体は「伝統の逆説」、「日本美の起源」、『日
本的空間の特質」、『桃山における美学の成立と発展」、これ
ら四章で、あとの三章は序論、「伝統の逆説」の各論のような
体裁だが、別に理論的に密接な関係はないと思える。それが狙
われてもいな。あたかも活力を失い、眠ってしまった「伝統」
を多くの手がかりで揺り起こし、活力を与えてやろうという、
誠にありがたい本である。
まず「伝統の逆説」では伝統を縦の時間的、等質的なもので
はなく、横に対する関係と捉え直す。伝統の名においての「天
皇」、「天皇」は伝統故に正当化される、であったはならない、
あくまでご都合主義でその時代の要求において存在するのみ、
伝統は正当化の口実でしかない、戦争に使えると思ったら徹底
して「伝統の天皇制」を振り回した歴史である。さらに真言密
教は「人類が始まって以来、世界を体系的に捉えた思想」とし
てカトリックのトマスの教義、マルクス主義に匹敵するという。
その曼荼羅に見られる美学はそれだけの価値があるという。
「日本的空間の特質」ではさまざまな現代の空間論を紹介批
判断、「空間論の今日的課題」は難解だが面白いし、「桃山に
おける美学の成立と発展」では謎の人物、石川丈山とからくり
屋敷二条陣屋を救った「数寄屋における不定形の意味」
京都の二条陣屋
ともあれ多くのトライアル、試みというか、「エッセ」をや
っていて「伝統」の意外な側面が見られるのは楽しくもあるが、
たとえば四季の行事と茶道、華道、の生活演出から「劇的濃密性
」を「日本的空間の特質」と言い切るのは身贔屓が過ぎると思え
てならない。図版が多く、わかりやすくしようと努力しているの
はわかる、でも思考の暴走か、という読後感は拭えぬ。
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