小泉喜美子『弁護側の証人』1963,集英社文庫、鋭い筆致で描く現代の心の闇


 この推理小説、1963年に文藝春秋新社から出ていて現在は
集英社文庫である。発端と結末の場面が同じはうまい。実に
冷え冷えとした刑務所の面会室である。二人の男女が金網越
し、当時は金網だったが、金網越に形ばかりの口づけを交わ
す。「さようなら」と云った方が立ち去る。

 発端では男が立ち去り、最後の場面は女が立ち去る、つま
り、最初、犯人と思われていた女は小説の最後では無実とわ
かり、逆に男が犯人だった、ということになる。

 で、この二人は夫婦である。それも新婚ホヤホヤだった。
クラブ・レノのストリッパー、ミミイ・ローイこと、漣子(な
みこ)は財閥の八島産業の御曹司、八島杉彦に見初められ、周
囲の反対を押し切って結婚する。八島産業の実権を持つ杉彦の
父親はもちろん大反対、姉夫婦も、出入りの弁護士も医者も、
ストリッパー上がりの漣子には全くの不信と唾棄の思いの白眼
を向ける、漣子は居心地が悪い。

 で、結婚後、数ヶ月か、ある日、姉夫婦を迎えて初顔のもてな
し、医者、弁護士、杉彦のかっての恋人も現れて、一同勢ぞろい。

 事件はこの時、起こった。宴が終わり、一同それぞれの部屋に
戻る、直後、奥の部屋にいた社長が脳天を砕かれて死んでいたの
だ。

 居合わせた人たちの証言から漣子が犯人とされた、彼女はおぼえ
がない。彼女は犯人をある程度見抜いていたが確たる証拠がない。
とにかく、漣子の内面での心理的再構成が主軸であり、それを補う
弁護士という間抜けな才人が登場する。推理が極められて興味津々
のレベルじゃないだろう、だが女性主人公の内面、冷酷な現実を描
いてそれが十分に文学性を持つのではないか。作者の心象風景が
投影されているように思える。

 1934年生まれの作者、29歳の発表である。それを思えば才筆では
ある。その後の作品はどうだったのか、生島治夫の最初の妻だった
というから、だが離婚した。新宿の飲み屋で階段から泥酔し、転落、
脳挫傷で死亡だという。伸びた人とは言い難い。30歳前のこの作品
が果たしてキャリアにプラスだったかどうか、と思える。

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