宝塚、懐かしの写真館(198)三代あづさ 「欧州旅行の大晦日」 『歌劇』昭和14年5月号
「ドイツでの大晦日」三代あづさ、
フライブルク、1938年12月31日、晴れ、八時半稀少
午前11時から市庁の招待でニュース映画を見に行く。
フライブルクの写真がとても綺麗だ、呱々はもうスイス
に近いので、風俗などはベルリンなどの北部とは大いに
異なっている。古風である。映画は夏の風景だった。山
の中の湖水で女性が数多く泳いで戯れる光景など素晴ら
しかった。ドイツのニュースに出るヒトラーがたまらく
好きだ、思わず拍手する。
午後2時半からはロープウェイでスキー場に行った。
雲に包まれて果てしなく連なるアルプスの雄大さは表現
できないほど、なんという魅力だろうか。あまりに感激
に胸が張り裂けそうだった。少年の背中に捕まって滑る。
私は本当に死にそうなほど楽しそうに笑うと言われるが、
本当に死にそうである。半ば、怖さとうれしさのあまり、
一人でキャーキャー叫ぶ。あんまり有頂天になっていた
ら何時間も経っていて、辺りに人影が見えなくなった。
帰りに二、三度折り重なったまま転んでやっと頂上に
辿り着いた。足はス擦りむいて靴はボロボロ、山小屋で
ビスケットとお茶を飲んで4時15分のロープウェーで山
を降りた。
夜八時からホテルでささやかな忘年会、籤引で私は「二
度目の欧州行き」が当たって、もうたくさんというので牛
の玩具をもらった。それが終わると、千村克子さん、牧藤
尾さんの活躍で大騒ぎ、
一斉にほうぼうの教会から鳴り響く鐘の音、同時に家々
から打ち上げられる花火、私は静かに目をつぶった。あま
りに遠く離れた母を想い、友を想い、何千何万里離れた故
郷を想った。感無量だった。たまらなく懐かしい、遥かに
隔たった異郷の地で過ごす大晦日、何だか小説の主人公の
ような気持ちになった。そんな夢のような経験を味わえる
日本人はめったにいないだろう。あゝ、記念すべき1938年
よ、さらば!
宝塚外苑で、三代あづさ
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