堀田善衛『方丈記私記』1971,化石化した「方丈記」の起死回生


 kamonochome.jpg「方丈記」といえば高校の古典で学ぶ、まあ、ある意味、
古文らしいややこしさのない文法のようで、読みやすくも
あるが要は最初の辺りだけを読んで、それで終わり、である。
文学史の傾向と対策でも、まあ、著名ではある。で、この本、
実はこの本の存在を知ったのが私はごく最近である。で、ネ
ットを見たらバリバリの現役の出版物でえあり、非常に読ま
れていることを知ってわが無知を恥じたくらいだ。

 非常に面白い本だと思う。ちょっと手短に片付けるだけで
はもったいない作品だろう。堀田善衛は冒頭で「これは『
方丈記』の解釈や鑑賞ではなく、私の経験だ」と述べている。
でやおら、著者の経験したという東京大空襲について書き始
め、そのイメージで『方丈記』の安元の大火にそれをダブら
せる。著者は『方丈記』の中の炎の動きの的確なる描写を一
つ取ってみても、それを書いた鴨長明が「心よりも先に足の
方で書き出してしまう」ような、つまり現場を見なければどう
にもならないエネルギッシュなルポライター!であったことが、
身につまされてわかるというのだ。

 確かに「方丈記私記」というタイトルはあまり吟味されない、
雑駁なタイトルだが、少なくともそう見えるところが堀田善衛
の独創性というべきだろうか。「私記」は実質、化石化した「
方丈記」に起死回生の生命力を附与した工夫というべきか。

 別に堀田善衛は全くの手ぶらで思いつくまま、でもない。
「方丈記」は多くの学者によって徹底的に研究されている。
実は堀田善衛はそれらの文献を渉猟し、読みこなして、挙げ句に
、何食わぬ顔でこの本を書いている。

 ただし文壇人としての鴨長明に触れたくだりでは、自らの経験
に即して語られていない。しかし、実は意地悪な鴨長明が三界に
身の置きどころはなく、プレハブ住宅を車に積んで引っ越すとか、
餓死寸前で買い出しに奔走などのくだりは、まことにユニークを
超えた面白さである。

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