ベルトルト・ブレヒト『亡命者との対話』ファシズムと西欧、資本主義批判


 images (2).jpgドイツの劇作家、演出家のベルトルト・ブレヒトは赫々た
る知名度を保持している。戦前から劇作家として勇名を馳せ
ていたがナチスの迫害に、焚書の対象となって、デンマーク
の逃れたが、危険を察知、、スウェーデンのストックホルム、
さらにフォンランドのヘルシンキに、その後、ソ連のシベリ
ア鉄道でウラジオストック経由、アメリカに、カリフォルニ
ア・サンタモニカに住む。戦後、アメリカの赤狩り旋風で、
元来が社会主義者のブレヒトは居心地は悪く、身の危険も感
じてパリ経由でスイスのチューリッヒに、西独からは入国拒
否され、チューリッッヒに一年滞在の後にオーストリア国籍
を取得、1948年10月にプラハ経由で東独に入国、ここに永住
した。

 という亡命を生涯繰り返したベルトルト・ブレヒトはとも
かくも戦前からの社会主義者であった。

 この『亡命者との対話』戦後の作品である。亡命者とはブレ
ヒト自身である。この本はナチスへの反抗精神と西欧、アメリ
カの不甲斐なさを痛烈に批判している。

 ブレヒト自身と思われる大男の物理学者と、小男の労働者と
の対話という形式でこの本は展開していく。ふたりともナチに
追われ、査証もなく、亡命した国で仕事を求め、そこに迫るナ
チの追撃の手を背筋に感じながら、暇な夕刻に、ビールを飲ん
で、祖国ドイツ、ナチについて、あるいは亡命して歩いた西欧、
北欧諸国について語り合っている。だからふたりとも亡命者と
うことで「亡命者どうしの対話」ということだ。

 その対話は実に鋭い観察と深い思索の上に生まれており、ま
他ユーモア、皮肉に満ちている。西欧の伝統的文化に育った物
理学者と、社会主義の労働者の組み合わせはブレヒトを分割し
たようで面白い。

 この作品が「亡命文学」としてこの上なく優れているのは、
政治批判が文学として十分に消化熟成されている、と思える
点である。政治談義に終わらず文学とし浄化されている、わ
けである。だが、しかいs,そういう文学的屈折はより直接
的な内容を求める読者を失望させ、遠ざけてしまうリスクが
ある。まだるっっこく、小難しい二人の会話にヨーロッパの
知性が浮き出ているが、努力、精神の鍛錬と思って読まない
と投げ出してしまうだろう。

 後半部は西欧、アメリカ批判が鋭くそれが現代にもそのま
ま通じる。民主主義と云って、自らの優位と叫ぶのみであり、
実質、資本主義国の自由、民主主義などは全くの欺瞞であり、
何処にも自由も民主主義もないではないか、という批判だ。
到底手軽に読める本ではない、心して噛み締めながら読むべ
き本である。

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