梅崎春生『幻化』奇しくも最後の作、辿り着いた心象風景の極北


 s1161-r05.jpg稀有の感性を持った作家だと思う、その梅崎春生が最後に、
といって50歳前だが、たどり着いた、いわば心象風景の極北、
というべきだろう。といって極北という言葉に溺れてはなら
ない。まさしく実存である。最後の作品であり、一世一代の
傑作だろう。

 『桜島』でデビューして20年、その前の『風宴』からだと
25年になる。これが作者にとって最後の作品となるという意
識もなかったとは思うが、結果そうなってみると、皮肉ながら
よくしたもので、全てが限界になろうとしていた梅崎の文学的
生涯はこれで完結したわけである。才能もないボンクラには、
梅崎春生の享年50歳なんて子供みたいなもので、これからスタ
ートくらいなものだが、研ぎ澄まされる感性はここに最期の地
を見つけたかのようだ。

 「幻化」という言葉は一般的でなく、使われることもまずない
が、作者が気に入っていたそうで陶淵明の中にある。「人生は
幻化に似たり、終には当に空無に帰すべし」田園の居に帰りて、
の部分にある。まだ50年になるかならぬかで、だが才能の密度の
高さからして十分な年月だったのだろうか、過去を蘇らせれば、
全ては夢、まぼろしのようなものでしかなかった、梅崎が熊本の
第五高等学校時代、応召し枕崎で戦時下を生きたそのころが人生
のピークのようなものとして思い出され、回想の作品でもあるが、
それまで見て聞いた、もろもろの死者、生者の姿が浮かんでくる。

 主人公の久住五郎はある精神病院で療養中、勝手に抜け出して
羽根だから航空機に乗って鹿児島まで来る。途中、航空機の翼に
異常な噴霧が、それをスチュワーデスに伝え、やってきたスチュ
ワーデスが窓から翼をみる真剣な眼差し、実に魅力?その記述が
印象的である。

 戦時中に海軍兵としてやってきた枕崎にも一度行ってみたかっ
たのである。枕崎以外に、知覧、泊、吹上浜、湯之浦などの地名
が続々だが、回想風景に現実風景、幻想風景が重なり、多くの事
件が起こり、「人生は幻化」の念を深めていく。

 次には熊本で宿に呼んだ女の指圧師に窃盗犯と間違われる、難し
い言葉で「拐帯」犯。翌日には以前に航空機で同乗した営業マンの
丹尾と再会する。ひと月前に交通事故で妻子をなくしていた丹尾は
、主人公の分身、あるいは幻影のような存在で噴火口で二人は、丹
尾が飛び込むかどうかの賭けをやる。火口をノロノロ歩く、丹尾を
望遠鏡で覗きながら「しっかり歩け」と心で応援するところで終わ
る。

 エモいわぬ、ディーテールで読ませる作品で、到達した心象風景
が研ぎ澄まされた澄んだ文体で描かれている。

 これが最後の作となった、飲みすぎて死んだ梅崎だ、だが50歳は
やはり早かったな。

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