水上勉『凍てる庭』1967.得も言われぬ暗い自伝小説、水上勉さんは本当に苦労人だと分かった


 IMG_0508.JPG水上勉の作品は基本的に暗いが、この自伝と思われる作品
もまた暗い。暗さは作者も自覚しているようで、読売新聞の
夕刊に連載された「湖の琴』の「連載を終わって」で「この
ような暗い小説に長くつき合って頂いた読者に感謝する」と
締めくくっていた。この作品は毎日か読売か、いずれかの週
刊誌に連載されていたような気がする。

 冬じゅう、冷たく凍てついた土の中でじっと眼を大事にして
耐えている蕗(ふき)は、春の風が吹くと、まず最初に地面を割っ
て出てるという。・・・・・・主人公の安田安男、名前からし
て金欠病患者みたいな冴えない男だが、ともかくその強い植物
にあやかるようにと、自分の娘に蕗代という名前をつけた。母
の聡子は蕗代が四歳のとき、苦境のさなかに夫を捨てて出てい
った。

 そのことで愚かなる男、不甲斐ない男、優柔不断、まるで無
気力、もう救いようがない箸にも棒にもかからないダメ男。要
は、怠け者でしかない身の程を思い知った安田は、ただ蕗代が
蕗の葉のように新鮮で素朴であることを願って、娘のためだけ
に生きようとする。
 
 だが不幸から逃れられない運命がまとわりついているのか、ま
さに貧窮の生活苦に呻吟せねばならない。そんな安田の前に14歳
も若い、英子という女性が現れ、蕗代も「お姉ちゃん」と慕うの
で安田も安心して再婚した。

 薹子(とうこ、蕗の薹の薹)英子との間にできた娘だが、福の黨か
らという、物好きな命名をやった。清潔で、素朴で、つつましい
花のようになってほしい、というまたしてもう安田の願いからで
あったが薹子は隻津を病んで足が悪い、跛行となってしまった。

 「蕗代よ、私はこれで、お前になぜ母がいなくて、・・・・・
しかも私たち一家が足萎えの子を抱いて、これから生きねばなら
ないのか。その経過について、その大体のあらましを書いたつもり
である。蕗代よ、お前も、父の私も、お姉ちゃんの英子も、まだま
だ凍てる庭を生きてゆかねばならない」で『凍てる庭』は結ばれて
ている。

 この最後の文章はまさに執筆に動機である。実生活の娘は蕗子で
ある。作品中の英子が子供を置いて駆け落ちしたのも、実生活の通
りである。要は自伝そのものだが、冬土の凍てる中から地面を土中
から割って出ていこうという主人公=水上勉の焦りに似た気負い、
その祈りに似た気持ちが、苦悩、苦闘が読むものにも痛切に染み込
んでくる,・・・・本当に苦労したんだな、と思わせる。でも
、結果的に女はしょせん女、人参が切れたらウマは逃げるもの、と
いう主人公、名前が本当に貧相な安田安男、その寂寥感と悲しみが
全編を冷たく凍てつかせている。そうだな水上さんは子供に身障者
がいると昔から聞いていたが、こういうことだったのか、と読んで
わかった。

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