土方定一『ブリューゲル』と野間宏『暗い絵』
ペーテル・ブリューゲル、この中世のオランダ、ネーデル
ランドの偉大なる画家野菜は、実は我が国の戦後文学の第一声
というべき野間宏『暗い絵』とイメージとして強く結びつくこ
とは確かだ。つまり野間宏の『暗い絵』の「絵」とはブリュー
ゲルの絵なのである。
「草もなく木もなく実りもなく吹きすさぶ雪風が荒涼として
吹き過ぎる。どういうわけでブリューゲルの絵には、大地にこ
のような悩みと痛みと疼きを感じ、その悩みと疼きによっての
もい生存を主張しているかのような黒い丸い穴が空いているの
だろううか。深見進介は、フランドルの画家の絵画集から、人
間の小さな姿の仲に閉じ込められた燃えるような深い愛、貧困
への痛烈な憤怒、無知と愚昧と冷酷に対する反抗という印象を
つかみとる。日中戦争が起こり、東亜新秩序建設という名の名
目を掲げ、治安維持法的な国内体制が強化され、学内の左翼学
生は徐々に後退していったが、学生たちは、自分への不満と
社会に対しての憎悪に満ちていた。ブリューゲルの絵のもつ暗
い痛みやうめきや嘆きから、人々の魂を救わねばならないと思
う。友人たちのように旗を振ることは、彼はできない、孤独の
情にとらえられてブリューゲルの画集を、・・・・・・」
外国の文章構造を持ち込んだには日本文学の貧相な表現力を
救いたいという野心からだったが、結果として、難渋な読みに
くいものにはなっている。・・・・・
という野間宏の『暗い絵』、戦前の左翼学生の群像を描いた
ものだった。『暗い絵』はブリューゲルに始まり、ブリューゲル
に終わっている小説だった。
そこで土方定一『ブリューゲル』は野間宏『暗い絵』を読んだ
人なら、まず見逃せない本あろう。1963年発刊だ。
まずブリューゲルの絵を知った者は、必ずその絵画の「ヒンタ
ーランド」に広がる社会歴史的背景を知りたいと思うだろう。西
欧では無論、膨大な研究書があるが、日本では容易にみつからな
かった。そこに初めてのまとまったブリューゲル研究だったので
はないか。 またブリューゲルと縁の深い、ヒエロニムス・ボス
、地獄絵の作者についても相当に触れていて貴重だろう。
「異端」という章では、宗教裁判と火刑に明け暮れたこの時代
が活写されている。はじめ「明るく大きく息づいている風景画家」
だったブリューゲルが、いわば「愚者たちの人形劇場の演出者」
的な、寓意、風刺画に転じて権力的な教団批判の絵画の作者とな
ったその変遷は、この本でかなり納得できるだろう。とにかく
日本語では類書に乏しいのは1963年以降もさほど変わらない。
本書の特徴は、単に美術論にとどまらず。ルターやカルヴァン
が生きて、「無力だが毅然たる」多くの異端者たち、とその自由
思想家を描いていて中世の社会文化研究の書といいうのが本質で
はないだろうか。
多くの原画が収められていて、多数の写真版もある。しかし、
悠然たる語り口だ、誠に豊富な資料を駆使してケチのつけようが
ないと思えるが。
「農民の結婚式」

「種まく人の譬えのある河口風景」

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