ボーヴォワール『或る戦後 上下巻』割り切りすぎて味気ないのでは?


 beauvoir2.jpg日本語訳が出たのは1965年も12月だったはずだ、本国での
出版はそれより多少前だと思う。あまりラグはないはずだ。
その後だったか、前だったか、事実上の夫婦関係のサルトル
と連れ立ってボーヴォワールが来日、その時「実存は第二の
性とやってきた」、そのとき瀬戸内晴美さんが「ボーヴォワ
ールは美しかった」、・・・美人タイプでもないとは思うが。

 『娘時代』、『女ざかり』に続くボーヴォワールの自伝の
第三部で完結編である。邦訳で上下巻というくらいで長い。
第二次大戦直後からほぼ執筆当時、1964年くらいまでをカバ
ーする内容である。

 『第二の性』はまことに人口に膾炙、日本でもベストセラ
ーになった。だが発生学的にいえば、実は最初は誰でも女性
である、発生後、女性の構造を大改造したのが男である。だ
から男性こそ第二の性のハズ、発生学的にはである。それは
ともかく、その名声、知名度は凄まじく世界的な人気も比類
ないもになった。博学、博識で頭の回転は早い、鋭い、もっ
たいぶらず率直に何でも「あすけす」に話す、おしゃべりで
ある。全くのフランス流才女で事実婚亭主がサルトルだから、
その自伝が退屈であろうはずはない。

 事実婚亭主のサルトルとともに、戦後に華々しく脚光を浴び
、政治的な発言もたびたび行い続けた。その間の経緯も詳しい、
基本は社会主義である。戦後フランスの文壇史の側面という点
でも興味深いだろう。後に論争してケンカ別れとなったカミュ
とも随分、親しかったようだ。飲み友達として、実は明るく陽
気で、女性にも話し上手な気さくなカミュが文章を書くと途端
にあのザマになる滑稽さ、異様さ、とか文壇的な内輪話で、
フランスの作家の素顔が垣間みえる。

 が一層面白いのは、なんといっても事実婚亭主のサルトルの
ことでマミュはノーベル文学賞を貰って恥じなかったが、サル
トルはバカバカしいと拒否した、・・・・・相手を一切縛らな
い、互いに完全に自由であること、そういう関係の魅力だ。
アメリカに行ったサルトルに恋人ができて、その女性をフラン
スに呼んだりという入れ込みようで、しかも全然、隠そうとし
ない。さすがにボーヴォワールもやりきれなくなって、詰め寄っ
たら、さすがのサルトル大先生も、「あの女性も好きだが、君も
好きだよ」と、なんだか、どこか実存的なのかよく分からない返
答であったとか。彼女自身もシカゴで知り合ったアメリカ人作家
とかなりの深刻な仲になって、一緒にメキシコ旅行する。それに
対するサルトルの反応は書かれていないが、「自由」な夫婦も、
そねなりにツライ面があるとは分かる。

 至って万事につけて開けっぴろげに、率直に書いていて、そ
れが親身な共感とまで読者はなりそうにない。「どうぞご自由に、
お姉さん」という感慨だろうか。どこか割り切りすぎて、確かに
フランス人の思考のタイプかも知れないが、味気ないし、これを
読むとロシア文学が恋しくなる。深みがない、といっていいのか
どうか、頭は文句なしに切れる才女、だがそれ以上の真の深みが
備わっているのかどうか、とは思える。

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