『パパ、もどってきてよ、ニーナの日記』コスチェリーナ、女性パルチザンの青春日記、ー戦死の悲劇


 9800537.jpgタイトルから即座に、子供のいる中年すぎの男の気迷い
が作った家庭悲劇を想像するだろう。パパはたしかに、こ
の日記の主人公、ニーナ・アレクセーエブナ・コスチェリー
ナの手の届かないところに突然に連れ去られた。でそのパパ
を連れ去った犯人はどこかのオバサンではなく、実はスター
リン時代の圧政の黒い手なのだ。つまり、「収容所群島」に
通じる作品ということになる。

nina alexeva kosterina

 ソ連はスターリンの度を越した大粛清、さらにそれが軍隊
にまでおよぶ「赤軍大粛清」に発展した。ここに目をつけた
のがナチスドイツ、親衛隊のハイドリヒなどは、謀略を用い
て赤軍の有能な将軍、軍人をなきものにしようとスターリン
に意図的に捏造情報を流したりしていた。まあ、それで、フィ
ンランドとのソ連の戦いぶりを見てドイツはソ連は弱いぞ、も
うガタガタだと思った。ヒトラーが「ソ連は腐った小屋のよう
なものだ、ドアをひと蹴りすれば倒れてしまう」、・・・・。
それなりの理由があったのである。

 それはさておきだ、独ソ開戦前夜、ナチスをその気にさせる
ほど大粛清の嵐がソ連を吹き荒れていたわけである。こういう
悪い時代に青春を迎えたニーナは日記を書き始めた。15歳の誕
生日のパーティーのことや、コムソモル、青年共産党同盟、に
入ったことから、この日記は始まっている。最後は「わたしが
戦線に出ていくのも、生きるということが非常に楽しいからだ
し、生きて、働いて、ものを作ること、やりたい、生きたい、
生きたい」

 で終わっている。その後、どうなった?

 女性パルチザンとして、敵の戦線深く出動する前夜であり、日
記をつけ始めてもう5年半の1941年11月のことだった。このとき
パパがいないだけではなく、母も妹も疎開し、一人ぼっちのニー
ナであった。がらんとしたモスクワの自宅で「ありとあらゆる日
常生活の、愛らしいこまごまとしたもの」荷別れを告げて、はや
くも一ヶ月後の12月にニーナは戦死する。いかな戦いにあったか、
それは知る由もない。だがこの日記ににじみ出るニーナの人間像
からみて、彼女は祖国防衛の花と散ったことは間違いない。

 「ほんとうに私のパパは人民の的なんだろうか?」、「これは
おそろしい間違いなんだ」と彼女の日記は政治犯にされた父を持
ったという重圧から容易に逃れられない。

 恋はあったのか?初恋のドラマが繰り広げられる。ロマン・ロラ
ンの『魅せられる魂』を読み耽る、こういう青春はどこにでもあっ
たはずだ、だが短いニーナの人生は悲しい。

 なおnina kosterinaでwikipediaがある。


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