宗教に反社会のレッテルを貼っての法規制はファッショである、冷静な対応が望まれる


 AS20210209001135_comm.jpg旧統一教会が読売テレビ、TBS、またその中に出演の弁護士
などを名誉毀損で訴えたが、さらに他のコメンテーターにも
名誉毀損の訴訟を行う、との方針が示されている。もちろん、
読売テレビ、TBS以外のメディアも対象となるだろうし、信者
も原告に加わっていく、という。私は古来、統一教会について
は熟知しているつもりだが、いかなる意味でも宗教がその教義
で罰されたり、規制されることは絶対にあってはならないと考
える。ある意味、教義が荒唐無稽は当然であり、古来の宗教も
新宗教もそれに変わりはない。教義は自由である。信仰も自由
である。寄付を募るのが悪いと云うなら旧来の日本の仏教も
江戸時代以来の法事、戒名、家制度の依存の墓などでの葬儀宗
教特有の収奪があるし、さらに本堂の修復、庫裏の再建、修理、
とか寄付が宗教を支えるわけで、多額の寄付、無論任意だが多額
の寄付を行うケースも多い。キリスト教でも同じである、宗教は
全て信者の寄付に頼る。創価学会のように聖教新聞などの事業が
第きbならそれで収益あり得るが、基本は収益事業ではない宗教は
寄付に頼る以外にない。多額寄付ならかなり昔から天理教が農地
や自宅を売って寄付などと、俗に「ピンハネ宗教」といわれたが、
それも度を起こすと、問題になる?こてゃ信仰に基づく任意であ
る限り、社会的に問題視される筋合いではない。だが家庭内など
では問題になるだろうが。芹沢光治良の父親然りである。

 現代において社会、、まして権力が宗教を、正常と反社会的、
カルトと色分け区分し、攻撃することは許されない。日本は戦前
、絶対的な超宗教として君臨する「国家神道」が国家宗教であり、
あらゆる宗教が弾圧された。戦前の宗教の弾圧と云えば、大本教
を想起するだろうが、実際は何千という宗教が特高によって不敬
罪や治安維持法違反で片っ端から弾圧された。その気風が、いま
なお日本には残っていると思われる。

 メディアで咆哮される反社会的な宗教という概念を既成の口実
にすれば、例えば、アメリカの五大宗派であうモルモン教でも、
カルトだと弾圧されるだろうし、福音派だってわからない。あら
ゆる宗教がメディアで反社会的とかカルトとレッテルを貼られて
攻撃される危険性が高い。その危険の自覚が日本社会、日本のメ
ディアにはないのである。

 だったら旧統一教会は問題ないのか?とくってかかられる、かも
しれないが宗教自体は絶対的に自由であるし、任意である限り、寄
付をもって規制されることはあってはならない。あらゆる宗教が
規制の編みにかかる。政治との関わりが問題にされるが、その政治
部門で政治的行為を行うならそれも自由である。

 戦前は教義を理由に弾圧が相次いだ、大本教は特高側の言い分では
「本来地上界の主宰者はスサノオノミコトであり、天照大神は天上界
の主宰者であったが、スサノオが冥界に追われて地上界の主宰者に
天照大神の子孫が君臨したことが地上の堕落の原因」としたことが
大きな理由で、これが「不敬」立ちうことで血の弾圧がなされた。
この教義を持って「皇室に対し奉り許すべからざる不逞不敬の言辞」
「大逆思想」と決めつけ、裁判の判決も出ないうちから教団施設は
完全に壊し、教祖の墳墓まで暴くという狂乱の弾圧を行った

 本質的に云えば宗教が、個人がいかなる宗教的信条を持とうが、
それは信仰の自由、宗教の自由の範囲であり、国家が介入できない
ことはいうまでもない。最も国家神道にすり寄った教義の「ひと
のみち教団」戦後のPL教も些細な教義の部分に因縁をつけて弾圧を
行った。さらにキリスト教敵視も徹底していた。さらに新興仏教
青年同盟への弾圧が大規模であった。

 戦前も、実は戦後も宗教弾圧、あるいは攻撃に際し、メディアは
大喝采の連続であったのはいうまでもない。現在も、である。

このような精神的、またメディアの伝統の日本ではもう旧統一教会
攻撃は絶対的な正当で善行であるかのように疑われることもないよう
だが、宗教時代の弾圧、攻撃が会ってはならないことは銘記すべきで
ある。近代天皇制国家が成立直後からのキリスト教弾圧から始まり、
仏教、民間諸宗教、への弾圧を繰り返してきたわけで、近代日本の
宗教史は宗教弾圧の歴史である。

 その精神性がなおメディアなど、国民に浸透しているわけだが、
スジ論として宗教自体、任意の寄付も含め、攻撃、規制の対象に
なってはならない、ということである。旧統一教会もか?と問わ
れたら当然と答えるしかない。大学で原理研と日本青年協会が共同
で左翼学生の追い出しを行った歴史、現実はよく知っている。国際
勝共連合もよく承知している、原理研と戦った私も、宗教攻撃でうっ
て一丸という国内メディアは明らかなファッショと云わざるを得ない。

 

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