宝塚、懐かしの写真館(234)梅野愛子、晩秋の思い 『歌劇』昭和8年12月号
梅野愛子:「明暗のひと時」私の部屋で秋が過ぎ去るを知
らせてくれるものは、赤い愛らしい鉢に植えられた蘆の苗な
んです。ようやく生えかかった新芽も根元から少し顔を出し
ただけで、そのまま悲しくしおれてしまいました。
まばらに枯葉を敷いた舗道を散歩しているときなど、たま
にす擦れ違う人との間に秋の冷たい風が流れていきます。紅葉
、コスモス、果物と豊富で華やかな収穫の秋にも、私はこうし
た寂寥を感じてなりません。ちょうど、出船入船でいつも賑や
かな港町の喧騒の陰に、いうにいわれぬ寂しさがあるように。
晴れたコバルト色の大空の明朗さと落葉の悲しげな凋落の音、
この二つのものの明暗が秋の特徴ではないでしょうか。私の心
もそのように、明るい澄み切った秋の空を眺めると、朗らかに
歌を歌いたくなりますが、枯葉の落ちる光景や、秋の虫が夜鳴
く音を聞いていると、静かに物思いに沈みます。そんなときは、
国木田独歩の「武蔵野」を繰り返し読んだりしています。
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