加賀乙彦『帰らざる夏』1973,上層部に行くほど都合よく豹変した日本を問う

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 戦後は遠くなりにけり、全く戦争を知らないというより、
戦争の実体験を聞いたこともないような世代が日本も圧倒的
になって右翼化ばかりが進む、戦争肯定、皇軍肯定こそが愛
国という風潮である。私などは直接、戦地に赴いた人の話を
幼いころからいやというほど聞いた。日中戦争従軍の人だっ
たが「戦争が終わったら、それまで全然見えなかった女子供
がどこからが出てきた」、「八路軍とわかったら危ないので
逃げた」、南方の島「上陸用舟艇が陸地に上がってそのまま
突進してきたのには腰を抜かすほど驚いた」・・・・でも
「戦争が勝てばよかった」という人は一人もいなかった。
「勝てばまた東条みたいなやつが日本を支配するじゃない
か」

 さて、加賀乙彦さん、この小説は幼年学校を舞台に、エリー
ト少年の群像を追って、またかれらが、また日本人があの「
帰らざる夏」の日を最後に、、何を失ったのかを描き出し、た
だ忘却、残骸のような愛国主義だけが残る惨状を問い詰める。

 主人公の鹿木省治は東京の上流家庭、何も不自由はない。中
学に入学したが、軍人ばかりがもてはやされる風潮と二・二六
の関係した青年将校の影響を受けて、帝国陸軍幹部育成機関の
幼年学校に入学する。(幼稚園ではない』精神も肉体も未熟な
まま、幹部候補生徒として激しい訓練を受ける。終戦時は幼年
学校の三年、すでに典型的な陸軍幹部生徒で鍛え抜かれていた。

 この作品は幼年学校における鹿木省治の自己形成の過程を中
心として、二・二六事件や東京大空襲、さらに徹底抗戦を叫ん
で近衛師団の反乱、八・一互事件などを盛り込み、抑制的な、
いわば正統的!リアリズムで軍国主義の日本を描いている。

 敗戦の日、その後のわが身の保身、安全を考え、右往左往す
る教官たちや生徒たちを尻目に16歳の省治は反乱に加担した先
輩の源とともに腹を切る、昨日までの絶対的な教条、建前が崩
壊して変節してわが身かわいさで逃げようとするさま、に腹を
据えかねたのだ。

 「わずか数分の間に、陛下の御心が天から地に代わっている、
そのような変節があっていいいのか」

 「もし、本当に陛下の御心であるなら、あの放送をなさった
上は、全国民に代わって敵の迄御自害あそばれる筈ではないか」
 
 「むかっ腹を切るのだ」という源の言葉を肯定し、省治は死ん
でいった。

 上に行くほど責任を取らなかった日本敗戦、陛下は何も形式的
に印璽しただけではない、「大命」という陛下の決断がないと
絶対に撤退できなかった、個々の作戦もすべて陛下の指図が大き
かた、訪米前の記者会見で被爆についての中国新聞記者の質問に
「そういう文学的なことにはお答えできません」さすがに人格
障害ではないか、と怪訝に思われたものだ。B,C級戦犯も処刑さ
れていたのである。

 だが我々は騙されいたた、とか戦争被害者だった、などとは
述べていない。だが言葉にはならずとも、戦勝中のあれほどの
ドグマを叩き込まれ、一挙に失い、どうしていきていられたの
か、という問いかけがひたひたとして流れている。

 戦争を知らないどころか、戦争の体験談も直接聞いたことが
ない世代ばかりになっていそうだ。同じ愚を繰り返してはなら
ないわけである。

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