なだいなだ『しおれし花飾りの如く』1972,作者の青春の愚行と純粋さ
実を言えば私は思想的にと云うか、その点では、なだいなだ
さんが一番好きである。適切ではない表現だが、根底にヒュー
マニズムを据えた中庸で進歩的な見識、というと矛盾している
ように思われるが、たしかにそう感じる。その、なだいなださ
んの青春回顧小説だろうか、あまり出回っていない。
この作品のタイトルはフランスの詩人アポリネール(1880~
1918)の詩「おお、うしすてられしわが青春よ、しおれし花飾
りの如く」からとられているという。・・・・だからこの作品、
小説は「うちすてられた青春」の小説なのだ。
なだいなだ氏は青春時代を戦争と終戦の混乱の中で生きた。
大学、慶応の医学部を出て医局に入った頃、何とか遅れ馳せな
青春を味わえるようになった。そうした作者の原体験がこの作
品に込められている。
なだいなだ氏は精神科医であり、作品の舞台は基本は慶応医
学部の精神科医局である。で登場人物は圧倒的に文学青年的な
医師である。時代に向かい、新しい文学的な主張をもつ同人誌、
など浪漫性に満ちた青年たちである。青春の酩酊と愚行と、さ
らに青春の純粋さがこの作品を包んでいる。
主人公は「ぼく」水渡、次に南、小田、赤木、馬場、福井、
朴らの第ブンブンは慶応病院の若手医師と心理学専攻の研究者、
30歳近い年齢だ。
色白の千夏や豊満な春子を入れて豪勢な同人雑誌を出そうと
彼らはバーのジュネスに何度も集まって熱を上げた。
「いまの日本文学は国家に従属する日本語文学であっても、日
本文学ではない。詩や小説は国境を超えた共和国のようなものだ
」とかいう言葉も飛び出し、楽しくもある。彼らは中古車を買っ
てドライブに出かけ、ガス欠になると南は春子と寝たりする。
「ぼく」は千夏に求婚するが、千夏は雑誌が出来てからだという。
それから何日して、千夏は同人誌費用50万円を残して自殺する。
千夏は筋肉が溶解するアミトロ病患者だった。このラストが作品
を引き締めている。
しかしトータルでの魅力は医局の医師たちの生活群像だろう。
白衣のときは医者であり、脳腫瘍手術で死んでいく美人女子大生
の西村、駐車がキライな医師の小田、エノケンというあだ名の看
護婦、地方病院へいけと命令する教授、いあば移動撮影的な小説
であろうか、また医局が精神科というのがウィットになっている
と思える。
この記事へのコメント