高橋英夫『偉大なる暗闇』岩元禎と弟子たち、採点が厳しかったドイツ語教師、本の文字組み方が窮屈すぎる
非常に癖のある人物である。好む人は少なかっただろう、
そのコントラストに濃淡はあるにせよ、ポジとネガのよう
な関係を思わせる人物の併存がある得る。
この本は、俗に、あくまで俗に夏目漱石の『三四郎』に
出てくる「偉大なる暗闇」と綽名された広田先生のモデル
ではとも言われた人物、一高のドイツ語教授、岩元禎と、
彼を巡る教え子たちの生き方をテーマとして、失われた人
間像と人間関係を再評価しようという、かなり、精神的な
評伝であろう。
事実で云えば岩禎は「広田先生」のモデルではないよう
だ。何より漱石が忌み嫌っていたはずだ。だがそういう風評
があったのは、岩元の人間性、生き方が「偉大なる暗闇」に
擬せられるほどの部分があったからだろう。
端的に言えば「採点の厳しいドイツ語教師」であった。よく
大学には「採点の厳しいドイツ語教師」がいてよく留年の原因
をつくるものだ。ノーベル化学賞の田中さんも東北大で留年の
憂き目を見たのはドイツ語だし、この岩元禎ときたらお陰で、
例えば安倍能成、山本有三も留年させられているし、採点が厳
しく、訳語も自分の訳語しか認めようとしない。さらに好き嫌
いが甚だしい、学生からすれば一番イヤなタイプであろう。全く
バランス感覚がない。私もドイツ語自体が楽しくない上に、採点
に厳しいやつが多く、すかkりドイツ語が嫌いになった。井上ひ
さしさんも上智大のドイツ語学科に最初入って全然楽しくなく、
故郷に戻って医学部などを再受験したがかなわず、復学、フラン
ス語に移り、卒業された。フランス語の先生は採点も優しい。
そのイヤなドイツ語教師の頂点系だった岩元禎、よかえらしか
れ伝説化した。業績で見れば漱石と同時代に一高、東大に学んだ
ドイツ語エリート、ドイツ語を学び、ひたすら西欧の原書に挑み、
ギリシャ思想とも悪戦苦闘、母校のドイツ語、哲学教師で生涯を
終えた。独身だった。さらに決して自ら物を書こうとしなかった。
漱石について「英語はできるのに、あんあつまらんものを書いて」
と評したというが、英語だけに終わって文学を書かない漱石に
意味があるだろうか。
著者は要は資料をさぐるしかないのだが、多くの神話的な噂
を検証し、岩元が師事したケーベル先生、可愛がった九鬼周造
、低評価した和辻哲郎、ドイツ語を家庭教師し、喧嘩別れした
志賀直哉、ギリシャ哲学の三谷隆正などを検証、結局、
ホモ・アミクスというエロスでもアガペーでもない友愛の世界
の存在を提示するのが結論となるようだ。
触れたら不愉快な人物でも、学ぶべきはあるということか。
さて、この本は流行と似て非なる芸術の属性とされてきた
カタルシス作用を思い出させる、・・・・・・・が1ページに
20行も詰めているのは窮屈すぎて読みにくいことこの上ない。
本には「格」というものもあるだろう、新潮社にはこの種の
窮屈な組み方が多すぎる。
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