渡辺一夫『戦国明暗二妃』フランス史を堪能できる楽しさと、人物像の修正
まず戦国と言って日本の戦国時代ではない。フランスの歴史
である。相当にフランス史が好きな人は堪能できそうな本だろ
う。端的に云えばがフランス史に限りなく深い渡辺一夫さんが
従来の人物像を訂正している、ということだ。人物像は単純に
断定はできない、深い陰影に包まれている、ということだろう。
二篇のエッセイが含まれている。いずれも人物像の修正であ
る。「巷説・逆臣と公妃」では16世紀前半、フランソワ一世の
もとで大元帥の職にあったシャルル・ド・ブルボン公の反逆事
件の真相が語られる。
「世間噺・マルゴ王妃」では16世紀後半の宮廷で、色情魔とい
うレッテルを貼られた女性の生涯に、綿密な検討が加えられる。
Marguerite de Valois

いずれも「反逆者」、「品行の悪い色情魔」という歴史上の
レッテルが解ぎほぐされ徹底した資料の考証でその定評の誤り
が明らかにされている、ということである。それらの人物の実
像が浮かび上がる、たいした学識と情熱である。
ブルボン公は好き好んでフランスを裏切り、ドイツ皇帝のもと
に走ったわけではない、どうにもならぬ宿命的な力でやむなく「
反逆者」に追い込まれた、という経緯が綴られている。フランソ
ワ一世の姉のマルグリット公妃との悲恋、それを邪魔しようとす
るルイーズ母后の嫉妬の横恋慕がブルボン公を徐々に苦境に追い
やったという事の次第で、本当にフランス史愛好者にはこたえら
ない、めくるめく豊かな学殖だ。
マルゴ王妃の情痴、放縦もそれを強いたものが何であったかを、
探求し、惜しみない。宗教戦争に揺り動かされていた、王室の安
定を図るための政略結婚、夫のアンリ四世の奔放な生活、宮廷の
極度の乱れ、一人の不幸な公妃がいかに作られたか、いたって立
体的だ。彼女が当時の政治制度の犠牲だったことが示される。
ここまで解明した渡辺一夫さんのフランス史への深い教養、ま
あ、教養で済まされない学殖は下手な歴史小説を上回る興趣さえ
与えてくれる。
しょせんは遠い異国のフランスの細かな歴史の経緯は日本人に
縁遠いものと思うが、その歴史を知る楽しみは尽きないと思わせ
てくれる。中公文庫
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