結城昌治『終着駅』1984、あまりに深い戦争の傷跡
『ゴメスの名はゴメス』で知られる結城昌治さんは1927年
生まれ、昭和2年である。まさに戦中派である。・・・・・
もう戦争はその悲惨、加害の否定が愛国の方法論化している
とさえいる。もはや戦争の実感など日本人から消えていると
いうべきか。
だがこんな時代でも本当に優れた文学を読めば実際に体験さ
せられたような気持ちになる。そのような文学として結城昌治
さんの作品が挙げられる。戦争にまつわる名作、直木賞受賞作
である『軍旗はためく下に』、『虫たちの墓』、『死者と栄光
への挽歌』なんどであり、常に戦争のもたらした悲惨さを訴え
てきた。
それも戦争行為それ自体を克明に描くわけではない、それに
巻き込まれざるを得なかった普通の人々、市井の民、・・・・・
一兵士、一国民の行動と心情を描くことでそれを浮き彫りとする
のだ。『終着駅』もそういう作品だ。
全体の構成は6章から成る連作小説だが、その一章ごとに、小
説技巧の限りを尽くしている、と云って何の過言でもない。
会話体だ、独白、一方通行の手紙、・・・落語の話術、と各章
ごとに文体も変えながら、読み終えると全体が見事につながって
いる。
敗戦間もない頃、奇妙に明るく解放的な猥雑な雰囲気の中で、
ドブに落ちて死んだ男の話を発端に、家出した友人の女房を探
すうちに、メチルアルコールを飲みすぎてポックリ死んだ男、
結核で入院し、見舞いにも来ない恋人にせっせと手紙を書いて
は、一度も返信を貰うことなく死ぬ男、・・・・・・など各章に
一人ずつ死んでいく人間がいる。それらがこの世に残すものは
位牌一つだけである。
なぜ彼らが死んでいかねばならなかったのか、作者はそのワケ
は一切述べない。だが戦争が終わっても、その傷跡を色濃く引き
ずっているのである。そのような普通の人々を描くことで悲しす
ぎる現実を描き切る。さすがの結城昌治さん、という思いを強く
する。
1972年m「噂」賞受賞式パーティーで
左、結城昌治さん、右が佐野洋さん
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