C・イシャウッド『救いなき人々』中野好夫訳、イギリス人が見たナチス独裁開始のドイツ人の生活

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 著者はChristopher William Isherwood,クリストファー
・イシャウッドで英国の作家、1904年生まれ、ケンブリッジ
大学卒業後、ドイツに渡り、英語教師として三年滞在する。
帰国後、通信業務に従事し、また作家としての道を歩む。
この本は原題は「Goodbye to Berlin」

 作者とこの本の主人公イシャウッドが(訳者は、中野好夫さ
んは、これは我が国の私小説ではない、と書いている)ナチス
が政権を取る直前の1930年から1933年にかけて、ベルリンに
滞在し、方々で英語を教え、下宿を何度も変えるうちにベルリ
ンの各層の人たちと知り合いになっていく。

 最初は「戦前や戦後のインフレが来ない前は相当ないい暮ら
しをしていた」という型通りのフロイライン・シュレーダーの
下宿、戦争とは第一次大戦であることは云うまでもない。そこ
で多くの風変わりな下宿人に接し、ベルリンの世相の一端に触
れた主人公は、ふとしたきっかけで知り合った映画女優志願の
サリー・ボールスのの善良にしてだらしない性格に興味を感じ、
彼女の無軌道な恋愛の聞き役と慰め役を務める。

 やがて彼は避暑地で知り合った美少年、オットー・ノヴァク
に惹かれ、貧民街にあるノヴァク家に下宿し、下層階級の生活
に触れるが、間もなく一転し、ウェストエンドに下宿し、かね
てから知り合いのユダヤ人富豪のランダウwル家の人達と親し
くなる。特に女学生のナターリア、その従兄弟のベルンハルト
と親しくなる、ベルンハルトはデパートの支配人である。
ことにベルンハルトを通じて、ユダヤ民族の魂に触れたのであ
るが、ナチスの独裁が現実化し、主人公はベルンハルトの死を
プラハで知る。最後に、主人公はマチスの暴虐が荒れ狂うベル
リンを離れ、昔なじみの街に帰る。その平和さに感銘を受け、
「ベルリンでの生活が本当にあったとは思えない」で結ぶ。

 要はイギリス人が見た当時にドイツということだろう。外国
に住んでその民族の魂に触れることは可能ということである。
この作品ではユダヤ人が意味を持つ。イシャウッドはいわば、
グリムが外国人の生活に接して自らの思想を把握した、その
系列にあるのかもしれない。作者は善意の懐疑家というスタ
ンスを崩さない。過ぎ去りうものに真実を見出したのである。

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