西村望『もう日は暮れた』1984,1930年の霧社事件を残虐カルトに徹して描く
西村望はあの「犬笛」の西村寿行の兄である。50歳を過ぎて
デビューという遅咲き、基本的に残虐、殺戮カルト的な視点が
そのコンセプトのようで、この『もう日は暮れた』はその頂点
だろうか。だが現実がまさに残虐カルトそのものであったから、
西村望には最適の材料だったということになる。余談だが、西
村寿行の娘さんは東海大相模で「犬笛」のテーマとなった子供
である。西村望の残虐嗜好は弟の寿行にも見られる。
霧社事件はあまり思う起こされることもないが、現地の反乱
部族に対立の部族を鎮圧に動員したことで、まったくの首狩り
の乱舞となった。
なんともすさまじい阿鼻叫喚の地獄図が展開する。「女、子
供でも容赦は無用、皆殺しだ」と叫ぶ原住民のセデック族が蕃
刀を持って日本人に襲いかかる。もはや集団狂気に取り憑かれ
たセデック族が蕃刀で日本人の首を切る。首狩り族なのだ。
運動会の会場になだれこんだ反乱セデック族は女、子供も容赦
しない。
「その時は、運動場に残っていた日本人児童が、それぞれの
親の名前を呼びながら逃げ惑う、そこへ反乱セデック族が入って
手当たり次第にぶった斬り始めた。みるみる小さな体は斬り倒さ
れ、頭を割られた子供が真っ赤な血に染まって逃げる。
あたり一面、見る見る間に首を切られた死体だらけになる。
一夜明けて日本軍の鎮圧が始まった。激しい砲撃を部族の村に
浴びせる。砲撃を受けたセデック族の体が飛び散る。逃げ場を
失った女、子供は首をつって死んでいく。日本側の死者は167人、
セデック族の死者は801人、
この作品にはあまりえがかれないが翌年、0931年4月セデック
族に対立する原住民タウツア族が生き残ったセデック族を襲撃し、
大半を殺害し、首を斬り、101人分の首を持ち帰った、その写真
が今も残っている」。
ともあれ社会の底辺にある、ほぼ忘れられら人々の犯罪を
描いては定評があった西村望が、恰好の題材であるのか、ま
さに鬼気迫る迫力で再現している。後半は殺りくに次ぐ殺戮で
あり、そのすさまじさは何ともすごい。殺人というより、殺戮、
屠殺である。その次々と斬首ざれる地獄絵図をみると、「台湾
は親日」というお目でたい思い込みなど吹き飛ぶだろう。
西村望は「鬼畜」、「火の蛾」、「丑三つの村」など殺人自体
描いていたが。歴史とか、犯罪心理などには関心はない。殺戮、
それ自体なのである。スマートではなく、どこまでの」殺戮の
血と肉が飛び散る現場を捉え続けていた。生々しい現場をズバッ
と書く、
霧社事件も歴史的に解明できるのだが、徹底して殺戮、それ自
体を描く、こだわる。
台湾とは元来、高砂族の島である。その一つはセデック族であ
る。
霧社公学校の事件後の運動場
日本軍の鎮圧開始
親日部族の決起
捉われるの嫌って首吊りしたセデック族の子供
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