『木々高太郎全集Ⅰ』「人生の阿呆」など、米を食べると馬鹿になる、とこれらの作品が結びつくのか?

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 さて、かなり前に朝日新聞社から出た『木々高太郎全集』
全6巻、その第一巻は代表的な小説が収められている。作家
として見て木々高太郎は一流である。慶応大医学部卒、本名
は林髞、この「髞」(たかし)という字が難しい、なかなか
パソコンでは出て来ない、グーグル日本語変換では「たかし」
でほぼ最後に出てくる、大脳生理学者としては本名の林髞、
作家としては木々高太郎、また慶応ということで「三田文学」
にも関わっており、松本清張の「或る『小倉日記』伝」を「
たいそう優れた作品である」として「三田文学」への掲載を
進言、これが松本清張が文壇に出る足がかりとなった。

 レニングラードのパブロフ研究所に留学し」。条件反射学
を研究した林髞(木々高太郎)は日本における第ニ信号系理
論の開拓者であり、大脳生理学者としての実績は大きい、と
いう評価は在ると聞いている。

 ここでどうしても述べるべきこと、戦後、林髞は例えばカッ
パブックスの類で「米を食べるとバカになる」という主張を
繰り広げたのは有名である。近年は聞かないが「米を食べる
とバカになる」はひとえに林髞、木々高太郎の主張だった。
1969年に73歳で死去し、その主張を次ぐものはおらず、もう
誰もそのような主張はしていない。その理由は「精白された
米、白米はビタミンB類がなく、神経の伝導に必要な・・・・
・活性物質が欠乏し、鈍くなる」というのだが、ならパンを
食えという、でも通常、小麦も精米ならぬ精麦されていて、
ビタミン、ミネラル類は欠乏しており、さらに米よりタンパク
質の内容が非常に劣る、・・・・・だから米はパンにまさる、
どうしてもというならビタミン剤を摂取したらいいわけである
し、他の食物から摂取できる。つまり林髞の主張は荒唐無稽で
あるが、裏話がある。

 林髞、木々高太郎が1969年に亡くなった。その少しあと、ラ
ジオで円楽さん、先代だが、裏話をしていた。

 「林髞さん、木々高太郎さんが講演で米を食べるとバカに
なる、といつもの主張、で終わって楽屋に行くと丼飯を食って
いる、あれ?お米は頭に悪いのでは?時いたら『ばかやろう、
俺は日本人だ、米を食わないでどうする』とバク食い」

 これが現実である。

 さて。ミステリー小説に手を染めたのは1934年、昭和9年、
木々高太郎は1897年だから37歳の時だ。同じく科学小説を書い
いていた海野十三に勧められて書いた「網膜脈視症」、

 この短編はフロイドの精神分析を応用した、一種の心理ミス
テリーであり、おなじみの大新池先生が登場のシリーズの最初
の作品だ。精神科の一人の臨床医が、恩師にあたる大心池教授
の所見に従って、一人の少年の病状を診断していく過程で、こ
の少年の心理に影を落とす犯罪事件にぶつかって、そこから思
わぬ発展を見る、というストーリーだが、深層心理にターゲッ
トを当てての展開がなかなかいい、いかにも研究的医学者とい
う印象だ。

 「網膜脈視症」は好評で、その成功の上に「新青年」に作品
を発表していく。「睡り人形」、「青色鞏膜」など佳作が続き、
「完全不在証明」、「就眠儀式」などが続き、それらの実績の
上に長編「人生の阿呆」が書かれた。まだデビューして一年で
あった。この「人生の阿呆」で直木賞受賞である。木々高太郎
が抱いていたミステリー小説、推理小説の初の実践的作品で従
来の推理小説へのアンチテーゼであった。

 「人生の阿呆」」まずタイトルがいいが、内容は斬新だ。
比良カシウというお菓子に混じった毒物による殺人に端を発し、
その製造で財を成した実業家の比良氏の邸内で無産政党の弁護
士殺害事件を追求しているが、その嫌疑をかけられた比良氏の
子息の思想遍歴を述べ、というかそれを中心に据えて三代にわ
たる社会、政治的問題を織り込んで中身は壮大で深い。さらに
話は進展し、シベリア鉄道からモスクワに至る舞台が描かれる
のは自らの留学経験だろうが、それまでの国内の推理小説には
およそあり得なかった国際色であった。だが犯人の動機は不自
然だが、まずは名作の域に達している。

 それらの作品、が第一巻で第二巻も小説集に成る。「人生の
阿呆」以降、数年の短編が網羅されている。「文学少女」、「
大浦天主堂」もあるが、外国に舞台を求めている「緑色の目」
、「死の乳母」、「夜の翼」、「ベニスの計算狂」、「女の政
治」、・・・・・作家としての業績が「米を食うとバカになる」
という大脳生理学より数段上に思える。

 

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