井伏鱒二『武州鉢形城』1963、すべてを知ってそっぽを向いている感じ〈再開つぶやき館第5000回〉

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 井伏鱒二、昭和38年、1963年の新潮社からの単行本に収録、
それと全集である。この単行本にはさらに「故篠原陸軍中尉」
も収められている。また自選全集第七巻にも収められている
が入手はやや気が重いだろう。

 収録の二作品、あまりお馴染み?ではない、私がよく知ら
なかっただけ、かな。小説というより趣味性の高じた研究的な
随筆というべきだろうか。でも芸人的な遊びと巧みな説話体で
あって、井伏にまつわる盗用、リライト、引き写しの要素はや
や希薄、だが存在する。「ドリトル先生」井伏鱒二訳?「名前
を貸しただけ」はその通り、文化勲章受章時の渋面もわからぬ
でもない。この「武州鉢形城」は、・・・・・随筆を装っている
が残念ながら資料のリライト的な部分がある。それはさておき、

 「武州鉢形城」は埼玉県の古い寺から送られてきた赤脂松の
角材の中から鉄砲玉や矢尻が出てきた、ことから話は始まる。
作者はさっそく、寺の住職に角材の由来を尋ねたら、それは元は
鉢形城にあった老松で、砲弾や矢尻は秀吉の北条征伐の際のもの
ではないか、と当時の戦いの様子が記された記録が送られてきた。
その中の「猪股伝記」という雑兵が書いたと思われる古文書を読
んでいるうちに、作者の故郷の備後の武士が鉢形城の籠城の中に
いたことを発見する。作者は故郷の古老に尼子氏滅亡後の武士た
ちの消息を尋ねる。

 この導入部は実にいい、事実かどうか、作り話かどうかはわか
らないが、本当に惹きつけられる。作者は古文書解読や実地調査
をしながら、鉢形城の落城の模様に想像の筆を走らせる、歴史に
埋もれた備後の雑兵たちの運命を辿っている。

 同時収録の「故篠原中尉」実在の人物で名前は小笠原善平、で
ある。旧陸軍少将から小笠原善平の手紙を見せられたことから始
まっている。小笠原は徳冨蘆花の「寄生木」の主人公、篠原良平
のモデルである。小笠原の40冊に及ぶ日記を蘆花が再編集しただ
けであり、モデルも何もない。井伏さんは善平への旧友の印象な
どをもとに、蘆花の作品も活用し、あらたなる「篠原良平伝」を
書いているようだ。岩手県の農村に生まれ、逆境から乃木大将の
書生となり、幼年学校に抜群の成績で合格して将校になったが、
日露戦争後、失恋し、自殺を遂げる。明治の立身出世の典型の
挫折である。蘆花の大マジな深刻な調子と逆の淡々たる筆致であ
り、当時の文明批評ともなっているようだが、・・・・・
どうも「淡々」が「自分は本当は知っていてそっぽを向く」よ
うな雰囲気で、巧妙に自己を隠蔽しているような印象を受けてし
まう。いやみな言い方だがこれが「無断盗用」のテクニック?と
思えないこともない。おとぼけもペーソスではなく、なにか魂胆
があっての演技なのかとさえ、思える。でも個々の内容は興味深い
ものだ。


 今回で再開、2019年5月22日再出発した「つぶやき館」は5000回
を迎えました。やっとゼロのスタートに立ったくらいなもの、また
こつこつ書きたいと思います。

この記事へのコメント

福宇村座海伊浦
2023年01月18日 08:06
5000回おめでとうございます。