五木寛之『朱鷺の墓』歴史と環境に翻弄される一人の女性を描く、五木寛之さんはさすが苦労人だ

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 五木寛之さんは人間のやるせない苦悩を描いて尽きること
がない。雪深い金沢の町の一人の女性とロシア軍捕虜の青年
将校との。それ自体は純愛物語であるが、この主人公たちの
辿る苦難の道は日露戦争当時の過去の出来事として終わって
はいない。とにかく五木さんは苦労人だ、苦難の中に生きる
人を描くことが真骨頂だ。

 主人公は染乃、金沢の色街の格式を誇る廓の芸妓であった。
彼女はこの土地でも有数の織物工場経営者の長男、雁木機一
郎と恋仲だったが、仕事に夢を追う機一郎とはそれ以上の関係
には進展せず、兄妹的な親愛の情で結ばれていた。

 だがここで日露戦争である。明治38年、1905年3月ロシア軍
に所属の公爵カンタクージン大佐以下ロシア軍将校捕虜を収容
するが、戦争を円満に終結させるため、国際世論も意識する当
局はその捕虜たちの待遇に腐心し、他方で表向きの戦勝に奢る
民衆の中には敵愾心から暴力に走る者もいた。

 染乃がロシア軍捕虜の慰安会で笛を聞かせてほしい、という
ことで招かれたとき、暴徒が染乃を襲い、あやうい所をロシア
軍の青年士官に助けられたのはよかったが、お陰で染乃はロシ
ア軍捕虜に犯されたなどとの噂が立った。さら民衆の投石で、
カンタクージン大佐が外国の調査団に不利な証言をするのでは
、とおそれた収容所所長は染乃にこの噂を認めさせ、それに憤
激の民衆が捕虜たちを襲ったことにして、事実を糊塗しようと
した。が、染乃はうその証言を拒み、染乃の義母になる杉乃家
の女将は自殺する羽目に陥る。収容所所長は大佐に事情を話し、
その怒りを解くことに成功するが、そのことから逆に大佐は染
乃を気に入って彼女を庇護したいと申し出る。

 すでに機一郎も東京に去って、町では悪い評判でもう芸妓と
して生きていけない。だがかって彼女の危難を救ったイワーノフ
大尉が彼女を大佐の使いで訪れ、イワーノフは愛してもいないの
に、そのようなことをすべきでないと諭し、自分の愛を告白する。
これがきっかけで染乃とイワーノフは結ばれる。

 日露戦争は終わり、捕虜の送還でイワーノフは彼女と祝言を挙
げ、来年クリスマスには必ず迎えに来ると言い残した。機一郎に
彼女を託し。ペテルスブルクに去った。だが染乃の受難はそこか
ら始まった。

 朱鷺とは北陸の保護鳥だが、歴史に翻弄される人の姿を朱鷺に
託したということだろうか、実在のモデルがいるそうである。早
大のロシア語学科に在籍の五木さんらしく、ロシアに親しみがあ
るからこその作品だろう。

 でも五木寛之さんももう92歳、だろうか。・・・・・

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