三島由紀夫『絹と明察」1964,前作「宴のあと」と同工異曲、「近江絹糸争議」に取材、日本人の願望と公私混同をえぐる

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 私は三島由紀夫の作品は非常に鼻につく、奇異にしか感じ
られないものが多いが、他方で「宴のあと」はいいたくないが
、実によく描けていると思う。「絹と明察」の前作が「宴のあ
と」であり、その日本人の密やかな願望をえぐり出した巧みな
表現というコンセプトがそのまま「絹と明察」に受け継がれて
いる。三島がこの路線いけばいいものを、柄にもなく戦時下の
軍国少年のようになっての奇異な作品群は論外と考える。もの
がわかっていないはずはない三島由紀夫がなぜあのような軍国
少年路線に走ってあげく人前での醜態は理解しがたい。どう
も実在の人物を利用という意味で「宴のあと」とまた共通であ
る。東京都知事選と近江絹糸争議である。

 さて、この「絹と明察」、表面的には、駒沢善次郎という成
り上がり者の紡績会社経営者が、およそ時代錯誤な家父長的経
営によって、十代紡績企業を凌ぐ繁栄を実現しながら、「親身
の息子や娘」のように「愛して」いた工員の人権ストライキに
よって完膚なきまでに失墜し、芸者上がりの元寮母の菊乃にみ
とられて死ぬ、というお話である。ふと思ったが三島は「楡家
の人びと」を偉く評価していたので「宴のあと」のコンセプト
に「楡家の人びと」のコンセプトもくわえたのか、とも感じる。

 話自体は変哲もないが、その枠の中で例のごとく、きざな反
時代的な美学と哲学を組み入れて、またさもなければ、平凡
な日常的人物たちを、一種のなにか象徴的な存在に変容させて
いるようだ。まあ、きれが俗物的な三島の手法だろう。

 駒沢は「昔の警官のような」目をした、「中年の商人タイプ」
の男で、その肌は「滑稽な桃色」でそこだけが「絹を連想させ
る」というのだ。それはこの田舎者の無教養な家父長主義的な
者が、ほかならぬ「絹」だからである。

 「絹」はもちろん古い日本の産業の象徴だが、そのなかにあ
の蚕を包み込む如き閉鎖性と調和と安楽の象徴であり、蚕のよう
な、倦まず弛まずの労働の象徴でもあるし、女の湿った肌を覆う
美でもあろう。したがって駒沢は、繭に閉じ込められた蚕のよう
に、他人とか社会的な常識、考えと縁がない世界に生きていたと
いうことになる。

 客観的には狡猾な搾取と見える行為が、彼にとっては誠実な「
父親の愛」の表現であり、他人の目からは「人権侵害」としか
思えない寮の運営は、実は親心の結果ということになる。

 かなり重症な結核で療養所に入ったきりの駒沢の妻、房江は、
夫の欺瞞を知り抜いているが、わざとその利己的な幻想を崩そ
うとしない。これが病む妻の夫への復讐なのだ。会社の幹部や
工員は、もともと駒沢の外部でなく、内部に存在だから他人と
はなれない。そこに登場して、駒沢と一種の共犯関係をもって
、また他人の役割を残酷に演じるのが「明察」である岡野であ
る。

 岡野はドイツでハイデッガーを学んだという右翼理論家であり、
戦後は政財界の裏面に通じた策士の生活を送っている、彼は駒沢
紡績の発展を不快に思う十大紡績の意向を受けて、反コ駒沢のス
トライキ計画を計画し、そのために文学書を読みすぎて隠居的に
なった新橋芸者の菊乃を寮母に送り込む。ストライキは成功する
が、失墜した駒沢の自己閉鎖的な世界はそのままであった。菊乃
はなぜか、死の床の駒沢を愛しはじめる。岡野は明察のお陰で
後継社長に推されるが妙は敗北感が拭えない。

 まあ、実在の人物に取材で私は基本、好きになれない三島の
作品では「宴のあと」と「絹と明察」は傑作と言って憚らない。
その思想はしかし「恋の帆影」に似ている。それは戯曲である。
だから「絹と明察」は戯曲めいている、人物が芝居がかってい
るようだ。それがイヤミになっていない、この時期の三島の、
充実ぶり!を示す作品だが、その後の妙な方向は理解できない
し、異常だ。

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