杉本苑子『華の碑文ー世阿弥元清』1964,あゝ、「序破急」のドラマが展開していない

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 吉川英治さんのお弟子筋の杉本苑子さんの力作である。元来
、日本の舞台芸術は古い伝統を持ち、奈良時代から伎楽、平安
時代には舞楽があった。だが基本的二それらは大陸からの模倣
というべきものだったが、ともっかう民間の猥雑なエネルギー
には満ちていたはずだ。それを演劇として、芸術的な優雅な演
劇へと高めた、のは能楽の出現で始めてなされたということで
ある。いうならば、語弊もあるが初めての民族的な独自の舞台
芸術が生まれたという、それも一朝一夕のものではないが、
猿楽ですでに民族的な演劇の始まりとも言われ、観世流の元祖、
観阿弥は猿楽師であった。

 あらゆる土俗的、大陸的な演劇の融合のカオスから能楽を完
成させたのは世阿弥である。つまるところ一身に作者、演出家、
俳優、理論家などを兼ね備えた「総合的天才」世阿弥元清を主
人公とする野心作である。著名すぎるが、さりとて小説化はま
た容易でない。日本芸術史上、空前の理論家でもある世阿弥を
どういうアプローチで描こうとしたのか、歴史的事実を並べる
だけでは文学作品にはならない。

 父親は大和猿楽の四座、結崎、宝生、金春、金剛の実力者、
結崎三郎清次(後の観阿弥)、その長男が世阿弥である。この
父親なくして世阿弥はあり得ない。長男だから親の座を受け継
ぎ、これを発展させねばならない。その外的な拘束に囚われて
いるだけではだめで、内的な自由を追求して理論化しなければ
ならない、世の見る目は河原者、乞食非人、人間と見てくれな
い。田楽を追い落とし、猿楽の庇護者となった足利義満に尽く
ねばならない。南北朝の争いの時代、父親の観阿弥は遠州で
斬殺される。騒然たる世相でも世阿弥は精進の限界に挑んで、
観阿弥の芸「流行」と近江猿楽の犬王道阿の芸の「不易」を
総合、実は止揚と云うべきか、「不易流行」の芸術の完成を
目指す、屈辱の泥沼から能楽の花を咲かせる、美への執着だ
「不易の愛はないが不易の美はある、日の永遠性は信じたい。

 で、この歴史的人物の小説家のコンセプトは何だったのか?
四男の四郎元仲、凡人の口を借りて描いていくのだが。

 だが「幽玄」が追求されていない、中世の宗教的影響への
考察もないと思える。能楽の「序破急」がこの作品では具現化
していないように思えるのだが。その意味でのドラマは展開し
ない。さすがに世阿弥の全体的把握は至難であったのかどうか。
やはり情緒的な描きに終わっている。やはり人間、世阿弥の悲
しみを描くという点では文学隣り得ている。歴史上の巨人の全
体蔵を描くのは至難だったなと感じさせる。歴史書、芸術研究
書で世阿弥を描くのは至難ではないだろうが、文学作品となる
と端的に云うなら人間ドラマが、まして能楽なら序破急の流れ
が要求される。それが未達なのである、小説化は難しい。

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