三島由紀夫『スタア・憂国・百万円煎餅』短編集、1961,三点セットで読むと面白い、政治と性の融合儀式?


 この本は1961年に新潮社から出た短編集で三篇収録されて
いる。この中で「憂国」は映画化され、超話題になったもので
、切腹趣味が横溢もしてのちの乱入割腹の素地ができているこ
とを示す。しかし異様な趣味性である。「憂国」だけが有名に
なったが、ことの本質は三点セットで読むことに意義がある。

 「スタア」売り出し中の人気スター、水野豊は加代という「
前歯に日本、銀歯を並べ、まことに巧みに魯鈍を装い、気が利
かないことを看板にしている」シニカルな付け人と隠密裏に交
情している。この美男と醜女の奇妙な関係は、23歳という若さ
にも拘わらず、スケジュールのあまりの過酷さに疲れ切ってい
る「本物の世界」の彼と、映画の世界という「仮構の世界」で
不特定の万人に見られることに幸福を感じる仮面の彼を同時に
パロディ化しているようだ。「スタア」はその「あとがき」に
あるように三島の映画出演!という大根役者ぶりを露呈した卑
俗なる体験をもとに、三島の逆説的な美学を開設しているとい
う風情な作品だと思うが、この短編集では非常に見劣りする劣
悪な作品だろう。観念を操るさばきに全く精彩を欠いている。
ただ死んでいくチンピラヤクザの水野豊が、セットの街並みに
「思い出のように」完全な風景を見る記述の部分は悪くない。

 でその後、話題をまいた、映画化されて話題を巻いた「憂国」
だが、ニ・ニ六事件の翌日、反乱軍に加担した親友の青年将校
たちと「皇軍相撃つ」は忍びないと自害した近衛代替の注意夫
妻を描くもので、それはまた新婚間もない、ときている。それ
を知って反乱に誘わなかった、三島はこの「美男美女」の古式
に則った自害の情景を克明に記述している。むろん実際、現実
にあったことではなく、京都の切腹研究家に三島が資料を借り
ての創作である。これをどう見るか>一つには「政治」という
か「軍」と「性」の死に通じる純粋なる照応、とでもいえばいい
のかどうか、まあ、研究者が多いだろうからとやかく言う必要
もないが、この趣味性がその後の暴発につながったのはいうまで
もない。まあ、中尉夫妻が内裏雛のような人工的なもので、切腹
した音の返り血で白無垢を紅に染めて、血に滑る白足袋を踏みし
めた注意夫人の化粧に立つ姿、・・・・・・戸外の雪景色、・・
好き嫌いはあるだろうが、これを「秀作」と評した評論家はいた
野で江藤淳なんかそうだ。東大法学部で学籍番号が一つ前だった
英米法の早川武夫先生は「全くバカバカしい、文学じゃない、石
坂洋次郎レベルだ」と吐き捨てていたのを思い出す。早川先生は
東大文学部を出て法学部に再入学でああった。

 映画「憂国」低身長の三島はがきデカに見える

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 「百万円せんべい」は浅草の新世界の堅実な愛すべき庶民の
若夫婦、「憂国」の若夫婦とはえらい違いというもので、実は
男女の痴態を見せることを業としている、という下げを利かせた
小品、「憂国」の裏返しと思えば歩も白い。ともあれ三島の意地
悪さも際立つ。

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