マルグリット・デュラス『夏の夜の10時半』1961,いわゆる「反小説」アンチ・ロマンの凝った心理小説か

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 日本語訳が出たのは1961年である、その後、映画化もされ
たり、ドラマ化もされたり、内外でである。日本でもドラマ
化されている、どれだけ原作に忠実かは分からないが。作者
はマルグリット・デュラス、Merguerlte Duras

 で、この原作、まるで映画の台本みたいなそっけない、い
たってフランス的というべきだろうか。風変わりだ。

 登場人物の会話と外的な動作の描写がほとんどを占めてい
る。その性格も過去の経歴も、人物どうしの関係も、別に直
接には説明されない。読者はやおら、紹介抜きで見ず知らず
の人間の中に放り込まれたようなものだ。で、どぎまぎしな
がら、手探りで事情を探らねばならない。

 舞台はスペインのとある町、夏の日暮れ、一組の男女がバー
のような場所で飲んでいる場面から始まる。天気は荒れ模様、
時々激しい驟雨、マリアと名乗る女は、どうやらフランス人
の旅行者で、幼い娘を伴っている。雨が上がると、娘は往来
に出てスペインの子供らが遊ぶ姿をじっと見ている。その間
も母親は酒を飲み続ける。

 だが二人の会話は、その日、その町で起こったばかりの殺人
事件だ。パエストラという男が、自分の妻と一緒にいた男を殺
し、そのまま逃走して捕まらない。この殺人事件が実は小説全
体に大きな影響をもたらす。いわば副テーマみたいなものだ。
たえず顔を出して作中人物の関係を照らし出す。

 というのはこの小説の中心テーマは三角関係である。マリア
はやがて何事もなく男と別れ、娘とホテルに向かう。ホテルに
は夫とクレールという美しい女がいる。夫婦と娘、それにクレ
ールという女、いささか奇妙なグループが一緒に自動車旅行を
続ける。想像通り、夫とくれるに恋愛感情が芽生えている。

 殺人事件が男二人に女一人、こちらは女二人に男一人の三角
関係である。ホテルは満室で部屋も取れず、寝苦しい夜を四人
は廊下で過ごす。非常警戒の呼子笛のざわめきが耳もおtに響く、
雷雨となる。娘を寝かしつけながら、ウトウトしたマリア、夫
とクレールの姿が見えないのに気づく、バルコニーに出てみる
と、別のバルコニーで夫とクレールが抱き合っている。これが
この作品の出来事である。

 小説全体が、マリアの視点から進行する、彼女の動揺や苦し
みを直接的に描くことはない激しい雨や殺人事件の噂、それが
そのまま彼女の内面を映し出すようだ。

 彼女はふと屋根に隠れている殺人犯を見つける。密かに合図
し、警戒網をくぐって町から逃げる手助けをする。翌日朝、改
めてその場所に行くと殺人犯四人はそこで自殺している。四人
はそのまま自動車旅行を続ける。心理を描かず、外的な事象の
みを描く手法だ。ご想像に任せる、というのが、その本質なの
か、いわゆる「新客観主義」だろう。いたって乾いた感性の詩
情が漂う、フランスの反小説、アンチ・ロマンに拠る作品だろ
う、「去年の夏、マレンバートで」などと共通性がある。凝っ
他心理小説だが、本当に、中身まで斬新だったのか、どうか。

 映画 

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