レオポルド・トレッペル『ヒトラーが恐れた男』1975,トレッペル(Leopold Trepper)の半自叙伝、ユダヤ人の途轍もないガッツ

映画で「ヒトラーが最も恐れた男』2008(Max Manus)は
ナチス占領下のノルウェーでのレジスタンスのリーダー、マッ
クス、マヌスを主人公としたもので、『ヒトラーが怖れた男』
は原題 Le Grand Jew(偉大なユダヤ人)はまた別である。
書物で有名なのはこちらである。レオポルド・トレッペル1904
~1982,生まれはポーランド、死亡の地はイスラエルのエルサ
レム
実際、これは心底、驚くべき内容である。それは第二次大戦
でソ連情報部が創設した対独スパイ組織「赤いオーケストラ」
はそゾルゲの対日工作、情報収集と並び、まさに歴史的成果を
おさめた。その活動については他の本もあるそうだが、そのリ
ーダー的存在のトレッペルが戦後30年を経て沈黙を破って書い
たこの本の歴史的かっは比類ないだろう。
特に、トレッペルがゲシュタポに逮捕されてから、ナチの対
ソ工作、二重スパイの役割を引き受けたように装い、逆にドイ
ツを巧妙に操るというそのストーリーはスパイ小説でも見当た
らないレベルだろう。
しかし問題は戦後である。戦後になって「ソヴィエト連邦へ
の罪」として10年間投獄され、その不条理な扱いを描き切るこ
とでスターリン体制への強烈な告発の書ともなった。ぎりぎり
で処刑を免れた何とも貴重な証言だろう。
トレペpルはポーランドの貧しいユダヤ人家庭に生まれた。
若くしてパレスチナに移住、そこから「社会主義のみがユダヤ
人を解放する」という信念を得て共産党に入った。イギリスの
官憲に追放され、フランスを経てモスクワの共産主義者大学に
留学、だがそこで見たのは社会主義の理想と現実のあまりの乖
離、スターリンの恐怖政治、ユダヤ人弾圧であった。
ソヴィエト体制には大いなる疑問を感じながらも、ヒトラー
による侵攻が始まると、著者、トレッペルはまずは社会主義と
ユダヤ民族を守るためナチスドイツと戦うことを決意、ヨーロ
ッパでのスパイ工作を行う「赤いオーケストラ」を指揮してい
た赤軍情報部のベルツィンがスターリンに粛清されたために、
実はトレッペルらは最初から「反革命分子」とみなされていた
のだが、それを思い知ったのは戦後である。
ドイツ第三帝国のまさに心臓部でゲシュタポらの追撃をかわし
ながら行われるスパイ小作、だが逮捕される。グラン・ジュー
の騙しあい、脱走と事態は移りゆく、、またゾルゲについても
かなりページが割かれている。いつも死と隣り合わせで、せっか
く得た情報もスターリンに無視されたり、有能な指導者が次々粛
清されていく。ゲシュタポを欺いて脱走したが戦後はやはり、ソ
連による自白の強要、10年間もの投獄だった。スターリンの死で
釈放され、名誉も回復、ポーランドに帰国だがそこでも反ユダヤ
感情が強く、一家は祖国を去った。
とにかく過酷、何とか生き延びて社会主義の未来は信じる、こ
れが絶望の書ではないゆえんである。ユダヤ人の途轍もないガッ
ツを思い知らされる。
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