アラン・シリトー『私はどのようにして作家になったか」1975,「長距離走者の孤独」の作者の最初のエッセイ集

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 さて、アラン・シリトー、Alan Sillitoe,1928~2010, かって
イギリスに存在した「怒れる若者たち」グループのメンバー
とみなされることもある。あの短編で代表作「長距離走者の
孤独」で有名な作家だが、その最初のエッセイ集である。いか
にもこの作家らしい、というべき内容で、文学論、社会論、回
想など織り交ぜている。

 冒頭のエッセイは「私はどのようにして作家になったか」こ
れを日本語訳のタイトルとしている。訳者は出口保夫。

 ノッティンガムの貧しい労働者の家庭に生まれ、幼少頃から
働かされ、進学もかなわず、応召し、肺病となって除隊、その
療養中に文学に目覚め、やがてイギリスを脱出し、地中海のマ
ジョルカ島に住み、主に傷病兵年金、週に3ポンドで生計を維
持し、そこで書き続けた「土曜の夜と日曜の朝」が出版される
までのことを落ち着いた筆致(翻訳でそう思えるだけだが)で
書いている。でも若々しいもので文学的な青春の記録は多くは
楽観か悲観だが、十分楽観的に見える。興味深いのはマジョル
カ島に住むイギリスの詩人、ロバート・グレイヴスと知り合い
になっていることでこの老詩人の人柄と日常を描いてなかなか
いい。

 で打ち明け話的な内容は同時に文学論にもなっている。

 「そのころ(マジョルカ島滞在時」の僕は、孤立した生活を
しており、それで言語感覚が鋭くなり、英語国でない場所にい
るのはいいことと思った。フォークソングを訳せるくらいのマ
ジョルカのスペイン語と会話ができるくらいのフランス語をお
ぼえた。しばらくし、その知識は僕の言語能力の把握に非常に
有効とわかった」

 基本的にイギリス人作家は上層階級、まず周流以上の出身者
が多いが、シリトーは下層の出であり、かなり視点が鋭いよう
に見受けられる。「貧しい人々」という評論も、その実態を熟
知しているせいか、迫真の文章だし、また「選挙の投票は彼ら
 の困難な現実に何の効果ももたらさない。貧困から抜け出せ
ないのだ。数年先の目標など、想像すらできない荒野でしかな
い」

 「スポーツとナショナリズム」では五輪こそは「自由な精神
の抑圧の象徴」と言い切る。堂々たる評論たり得ている。あの
スポーツ好きのイギリス人でも、安直な思いに堕していない。

 巻末の「日本の読者へ」は訳者が著者にねだったのだと思う
が本当に、白々しく、この本の汚点となっているのは否めない。

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