マグドナルド・ハリス『ヘミングウェイのスーツケース』盗まれた未発表原稿の贋作を扱う

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 なんとも興味深いお話だと思う。1922年12月14日の暮れ方
、パリのリヨン駅に停車中の列車のある客室、コンパートメ
ントから緑色の小さなスーツケースが盗まれた、持ち主は当
時のヘミングウェイの妻、ハドリー。一人目の妻である。そ
のころ、スイスに滞在していた夫のもとに行く矢先の出来事
だった。それがアメリカ文学史上に残るような盗難となった。

 それというのも盗まれたスーツケースには、無名時代のヘ
ミングウェイの(デビューは1917年頃か)努力の結晶という
べき、未発表原稿のほぼ全てが入っていたのである。短編が
20篇余り、詩とスケッチが数篇、未完の長編が一篇、それも
タイプ原稿ではなく、手書きの原稿からカーボンコピーにい
たるまでほぼ、それまでのすべての作品が入っていた。それ
がスーツケースとともに消えてしまったのだ。

 でその作品はそのどうな作風だったのか、内容であったの
か、ヘミングウェイ自身が何も語っていないので、研究家の
間でも取り沙汰されてきた。盗難事件から長い年月が過ぎた。

 この失われた原稿を、これが本物だと称して贋作するとい
う作品が『ヘミングウェイのスーツケース』である、実は
同じ頃、同じテーマで『ヘミングウェイごっこ』ジョー・ホー
ルドマンがある。だが作風は全く異なっているそうだ。

 『ヘミングウェイのスーツケース』は主人公がニルス・フレ
デリック・グラスと名乗る妙な文学趣味の中年、長編を一作出
してはいるが難解でさぱpり売れなかった。その息子は出版の
エージェントのアラン、は「才気の閃きはある、そのうち売れ
る」という。お話はニルスが息子のアランと古書商j人のウルフ
に、「短所」と題する短編のワープロ原稿を読ませるところから
始まっている。その短編はヘミングウェイの作品にしばしば登場
するニック・・アダムスが主人公である。文体も構成もヘミング
ウェイの初期の作品に酷似している。アランはこの作品がニルス
自身が書いたものか、あるいは1922年に失われた原稿をニルスが
入手してそれを写したのかどうか。問い詰めるとニルスは言を左
右にして応えず、こういうのがまとめて20篇くらいあるという。
まとめて出版できないかと、持ちかける。あまりに、あからさま
に出したのでは、著作検権者から訴えられてしまう、から作者は
伏せてあるという、ニルス編集という形である。

 アランはその20篇もの作品を読み、ヘミングウェイがよく犯
した誤りまで忠実に受け継いでいるとう。ニルスの部屋から緑色
のスーツケースを見つけたから、これは間違いないのではと思っ
た。かくして出版の交渉に奔走する。」

 本物か偽物か、その謎を追っていく。この『短所』なる作品や
、作中に組みこまれた5つの作品の短編の出来がよくて、それが
あらに謎解きの興味を増す。主人公のニルスが夢幻的な生活ぶり
で、中でもなぞめいた妻のチャーミンを映画『道』も妻、ジェル
ソミーナ、自分をザンバノにみたて、映画『道』の触りのシーン
高揚して描く場面がまたいい。

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