ヘレン・K・ニールセン『古い国からの新しい手紙』1955、女性が見たヨーロッパ


 ヨーロッパの国々から書かれた9通の手紙から成り立って
いる。「アンデルセンの家」と題するデンマークからの手紙
に始まって、「北の涯ふるさとの風は」という、やはり同じ
デンマークからの手紙で終わるまで、その間にオランダ、ノ
ルウェー、フランス、イギリス、イタリア、西独から一通ず
つ。スウェーデンからは二通の手紙が収められている。著者
のヘレン・K・ニールセンは来日経験が二度あるという、デン
マークの女性記者である。世界を相当に歩いている経験はあ
りそうだ。

 手紙と云って単なる普通の手紙ではなく、手紙という形を
とった、取り上げている欧州8カ国の新しい姿、印象記であ
る。また単に旅行記ではなく、ここに伝えられているヨーロ
ッパの街が、かって著者が勉学や仕事上の土地として一度な
らず住んだ経験がある土地だということだ。お陰で著者は、
自然や建物ばかりではなく、本当にその場所の市民と温かい
生活上のつながりを作っているのである。

 したがってこの著者、ニールセンは印象の範囲をごくごく
、つつましやかに、自分自身の目で見て、自分の耳で聞いた
ことだけに限っていて自分の見聞を超えた知識の羅列は一切
といっていいほど、行っていない。だから逆にそこに受け売
りの無味乾燥な知識や数字では表れない、それぞれの住民の
生きた姿が温かい体温でにじみ出てくる、という感じだ。別
に偉い有名人などは出てこない。出るのは市井の無名の人ば
かりである。

 読み方として二通りありそうだ。一つは一篇一篇の手紙を
、ほとんど全ページにはめこまれた著者撮影の写真と比べな
がら、ただ楽しく、ほんわかとして読む、国ごとに異なる生
活ぶりを味わう、というものだ。それほど、細やかな陰影と
色彩に富んだ文章である。その意味で特に推奨という一篇は
ないともいえるが、強いて言うならばスウェーデンからの「
白鳥の入り江」、ノルウェーからの「白い山並み青い野づら」
、パリからの「巴里の街角で」などは、しみじみとしたいい
味を出していると思う。
 
 また読み方というべきか、何か有用な知識を求める読み方
であり、18世紀の昔に「土地が国民の手に返されて、勤勉で
つつましくさえあれば、家族を養うことができるようになり」
いまでは「農産物、乳製品ともに質、量ともに世界市場の最
高の品として覇を競い、他の最も富める国に先立って高度の
福祉社会を現実化した」というデンマーク人の姿など、それ
ぞれの現実の姿を把握してゆくことだろうか。

 1955年、当時のまだ惨憺たる日本の社会と比べて歎息した
日本人読者は多かっただろう。縦長の造本は変わっているが、
ともあれ、すぐれた独創的な本である。

Helen Krarup Nielsen


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