レマルク『生命の火花』想像を絶する絶滅収容所、だがドイツでの評価は低いのは何故?

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 ホロコーストは北朝鮮の食人収容所と並ぶ人類史上、最大
の野蛮であり、悲劇である。ナチスの絶滅収容所でいのち長ら
え、10年の歳月を送った者は、番号のついていある肉塊であっ
て、もはや人間とは云われない。この作品、レマルクの「生命
の火花」Spark of Lifeの主人公「509号」もそうい死を待つ肉塊
の一つである。

 この作品はアメリカ軍の進撃による収容所の解放の二、三ケ
月前のメレルン収容所の病棟の一日始まる。だがその一日は、
また米軍重爆の空爆がこの収容jの街に加えられた一日目でもあ
る。度重なる空爆は、郵便局の下っ端役人からの成り上がりの
親衛隊隊長の巨万の財産を失わせた一方で、死人同然の日々を
送っていた収容所の囚人たちに、もしや、という心の灯をもた
らした。隙間から洩れる夕陽の光が狭い収容所の壁や柱の上を
動いて行く。それにつれて鉛筆で、釘で、爪で、無限の恨みを
抱いて死んでいった者たちがそこに書き残した名前が浮き出て
くる。

 強制、いや絶滅収容所は死への絶対的な入り口であった。そ
この米軍の爆撃だ、509号も、もしや救われるのでは、と考え始
める。だが医学実験用の人体の徴収が始まる。収容所の高級幹部
のいざこざが幸いして、509号は何とか免れた。食べ物の争い、
女囚と男囚の秘密のささやき、共産主義者と509号の出会い、
困難を極めるラジオの組み立て、ピストル入手、米軍のライン渡
河の報道、闇取引、解放の日は迫っている。想像を絶する殺戮の
なかであろうとも。

 レマルクは亡命していたから実際のその地獄は体験していない。
レマルクは多くの資料でこの小説を書いている。だからこそ、こ
こには絶滅収容所の多くの事柄が織り込まれている。いわば絶滅
収容所の解説書だ、実際、原文の簡明さは際立っているという。

 それかあらぬか、レマルクの小説の評価は非常に低い。あまり
に平明な資料の収集で成り立っていて、平明すぎる文章は真の意
味の誠実さを欠いていると思われたようだ。それは「西部戦線異
状なし」、「凱旋門」へのドイツでの評価の低さにつながる。
「生命の火花」は拵えものの大衆文学でしかない、というのである。
これはレマルクという小説家の平明さに持つ意味を考えるべきだろ
うか。

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