マンデリシュターム 『時のざわめき』1976(中央公論)悲劇のユダヤ系ロシア詩人の「抒情小品集」
現実、ロシア語も知らず歴史的なロシアの事情にも疎い
日本人が、スターリン治下のラーゲリで死んだ一人のユダヤ
系詩人についていきなり触れるのも、なかなかの冒険かもし
れない。さりとて国内で多いとは云えない、ロシア語専攻の
徒、ロシア文学専攻を出たものが必ずしも文学上のいい読者
とも言えないだろう。まことにロシアは魂の領地かもしれな
い。
オシップ・マンデリシュタームの翻訳された一冊、中央公
論から刊行された本だが、翻訳の安井侑子が解説で述べてい
るように「従来、言われていたような意味での短編でもなく
、エッセイでもない、自伝でもない」ものだ。訳者あこれを
「抒情小品集」と呼んでいるが、さりとて読後感は抒情という
より、あまりの疾風怒濤の激動の荒ぶる時代に生きた、いわば
薄氷のような感性の文学者の悲劇である。
その死をもたらしたのはスターリンの政治であり、その結果
の収容所、ラーゲリだが、マンデリシュタームの真の悲劇は、
その政治的な死に先立つ時代交代の荒波、歴史の激流にあった
と云う方が適切だろうか。この時代の激流、変化は「虚弱な身
体と夜に住む詩の音楽を持った詩人」にはそもそも適していな
かった、ということだろう。歴史の激動は多くの人たちを消し
ていったが、この消え去った多くの人たちと同じく、あまりな
薄氷の感性の詩人の運命も抗せない荒々しい時代の流れだった。
ましてユダヤ系の詩人、がロシアの大地でなく、フランスや
イタリアなどにいて、時代も戦後ならこの散りばめられた感性
は別の道を辿ったはずだ。運命はあまりに酷薄すぎたのである。
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