円地文子『なまみこ物語』1965,抜群の一語に尽きる!王朝を舞台の作品
「なまみこ」とは「生巫女」である。別に巫女を論じた
小説でもないだろう。円地文子さんの傑作である。なんと
いうのか、構成が、その発想アイデアがアイデア賞もので
凝っていると言える。少女時代にふと読んだ王朝の物語の
内容を思い出しながら語るという、まあ結構であり、とこ
ろどころに原文も載せている、と思わせてこれが原文では
なく円地さんの作った文章なのだ。「なまみこ」生巫女は
神の託宣を伝える巫女であり、霊媒である。平安時代、藤
原氏の権勢華やかなりしころ、一門の勢力争いのいきさつ
を、巫女の立場から語るというわけなのだが、平安朝では
生霊、怨霊などの「物の怪」が信じられており、これは私
はよく知らないが『源氏物語』にも顕著なのだそうだ。円
地さんはこの歴史的事情をうまく使っている。
つまり藤原道長が、宮廷の権力を手中におさめようとして、
「なまみこ」の姉妹を大いに利用した、という設定であり、
天皇の寵愛を利用したり、ライバルを突き落とすのに、人々
の恐怖心を利用し、つけ込むという手法をとった。という、
策士ぶりである。
したがって、いわば宮廷をめぐる政治小説という一面を
持つ小説だろう。特に道長のライバル関係の隆国の容貌や、
権力争いに敗れたその後の変化が生き生きと描かれている。
といって、権力闘争とはいえ、要は自分の身内の女に後継
の皇子を生ませることに帰着するので、つまり外戚になろう
ということであり、清少納言や紫式部などの才女たちが活躍
した宮廷サロンの雰囲気が鮮やかに浮かんでくる、それがま
た表現力が素晴らしい。愉しさもある。
しかし十二分にたっぷりと描きこまれた背景、いりくんだ
筋立ての中に、円地さんの関心は結局、女の愛の執念という
一点に絞られそうだ。中宮定子一門の権力は急速に衰退し、
冷たく、燃え上がるような愛の一生にこの作品のもう一つの
テーマが愛の挫折であるということが浮かび上がる。中宮定
子がまた見事に描かれている。非常に凝っていて洗練された
作品である。
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