富士正晴『贋・久坂葉子伝』文学少女に異常な思い入れ、鶏を割くのに牛刀の感を受ける
あの神戸の久坂葉子、同人誌『VIKING』の乗船員だったが、
その作品は同人内での批評は厳しかった。「まるで綴方教室
だ」などと、その死後も富士正晴があまりに執着を示して、
彼女について述べた著書を連発するので同人たちは「もう、
コリゴリだ」と怒りの声さえ飛び出していた、・・・・・
のだが。久坂葉子については何回か書いているが、改めて。
名門の生まれの文学少女として芥川賞候補にまでなった、
戦後の神戸で話題の人物だった久坂葉子がやや特異な家庭環境
と多くの男性遍歴の中で徐々に自分を追い詰めたのか、昭和27
年1952年の大晦日の夜、阪急六甲駅に梅田行木急行電車に飛び
込み、自殺を遂げた。その死の直前まで死に至る状況を書き綴
っていた。早熟な才能、非常に激しい性格で、その名門の家庭
はかなり重圧だった。
「私はもう家が重くてたまらない。上流家庭、何不自由ない
、それこそが不自由なことで、母、母の愛情、父、父の期待
を私はいつも裏切ってやりたくてたまらなかった。私は事実、
裏切っている。でもいつも裏切りにせせら笑ってくる、何度
でも愛情や期待をかぶせてくる」
その川崎財閥の家庭への反抗心は文学への情熱を通じて、
周囲からもてはやされるままに、男性との恋愛の遍歴となって
いった。「あの男は千円借りるときと変わらない無造作な態度
で、私の体を借りたのだ」という妻子持ちの鬼頭、放送局員だ。
彼女と結婚契約書を取り交わしているセールスマンの田村、
飲んだくれの声優、御津村との交渉も複雑に絡み合い、「外か
ら見れば、彼女が燃えきれる寸前の電灯のように、暗く見えた
り、激しい白光を放ったり、陰鬱だったり、快活すぎたり、何
かと危うい騒がしさと、運命的なものと、案外な安心感を感じ
させた」ものの内部に富士正晴は探りこもうとしたわけである。
ここで富士正晴は独自の手法を用いている。いわば舞台回し
というのか、狂言回しと云うのか、木ノ花咲哉という、彼女の
文学上の指南者である人物の目を、心を通して語る、かと思え
ばたちまち葉子の独白となったり、さらに葉子の独白が木ノ花
の観察と空想につながるという、変幻自在な展開が続く。
木ノ花(富士正晴)によれば、「実際、久坂葉子という奴は
生き生きしてい棚と私は思う。だからあんな死に方をしやがっ
た。生活力が激しすぎて破裂してしまった。才能で身を破った
などとは思わない。生命力が才能を抜いてしまったんだ」と、
葉子の独白では
「私は疲れた、何かに捻じ曲げられたり、なぶられたりして
、私が正当に受け取られたことは一度だってない。人の気も知
らないで、最後にこれをこの年末にぶつけてやりたい」となっ
てしまう。その他に葉子の手紙や日記もふんだんに引用、分析
している。
ともあれ、富士正晴がこの作品へつぎ込んだ熱意は異常に近
く、映画のカットバックに似た手法も実験的だ。・・・・だか
ら同人誌の会員らは富士正晴に「もうええ加減にせえ」と、つ
き放したほどだ。
だが富士正晴の情熱に関わらず、肝心の葉子の才能は、なお
文学少女の粋を超えず、だったはずだ。これだけ大掛かりな、
凝りに凝った作品にしては葉子の文学的成熟、内面はなお貧相
に過ぎたのではないか。力作で構成は斬新、綿密、だが相手は
まだ文学少女、鶏を割くのに牛刀を以て、というきらいは否定
できない。
久坂葉子が飛び込み自殺した阪急六甲駅、頭蓋が破裂したと
いう
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