同窓会と無縁になってしまった
小中高の同窓会を考えた場合、その学年に世話役、積極的
な世話役がいるかどうか、が非常に大きな意味を持つし、ク
ラス、学年全体の盛り上がり、一体感な友愛がさらに基本的
な推進力となる。だから同じ学校でも、卒業年度で全く同窓
会などやらない学年もあるし、逆に「70歳になったから毎年
やる」なんて学年もある。
で、私の場合だが、・・・・・基本的に小学校の同窓会は
頻繁ではないだろう、同窓会もあるのかないのか、公的には
学校全体で同窓会はあっても名簿などはない、中学だって別
になることも少なくないし、まして高校、それ以降、は所在
不明、音信不通が多いし、故郷から遠く離れた人も多い。
地元にすみ続ける人はやはり少ない、田舎は職場も乏しいか
ら当然だが。基本はたいてい、故郷を離れる。
小学校の同窓会は卒後30年目に一度だけあった。世話役、
幹事は地元高校を出て故郷の町役場に勤務している人たち
、所在もかなり探究してわりと多くの同期が集まった。
まずは小学校に集合、記念撮影、そして歩いて商店街にあ
る老舗割烹旅館の魚藤(うおとう)に現在は仕出しだけで
旅館はやめているようだ。だが実際、あって本当に懐かし
いいのは幼友達も含む、小学校の同窓会だ。なかば夢見心
地は大げさでも、それにちかいものはあった。魚藤での宴
会が終わって少し離れたカラオケハウス、その後、解散
だったが、あれが幼友達を見る最後となってしまったこと
は否定できない。その後、還暦やそれ移行のタイミングで
小学校の同窓会の開催を期待していた、名簿に近いものも
あるし、不可能でもない、世話役も町役場を退職し、充分
ゆとりをもって開催できる、と思っていたが、全く音沙汰
もなかった。私は仕方なく、架空の小学校同窓会を作品化
した、まあ小説だからかまわないと思う。

中学は私の学年は同窓会的なものは皆無で永久に何も
ないだろう、同じ中学でもやっている卒業年度もある。
稀代の世話役でもいない限り、中学は、あの中学は難し
いだろう。小学校のメンバーだけで中学ならいいが、よそ
の小学校から入ってくる。私を別の小学校のやつが、私は
知りもしないし、関心もないんだが、私を目の敵にして散
々なことをやって、教師は怖がって見て見ぬふりである。
私にとってあの矢掛中学という学校は北朝鮮の収容所の
ような地上地獄だった。本当に地獄だった。
高校はヤルヤルと言いながら結局先延ばし、もう同期も
イヤ気がさし、同窓会には全く関心を失っているようだ。
今後とももう開催されないと思う、開催されても行く気は
毛頭ない。
基本的にあの故郷がなにか「乗りの悪い」地域とはいえ
る。盛り上がらないのである。
この記事へのコメント
小学校・・・田舎ですから同級生には常に会っている。同窓会には遠方より来る人もいて楽しいが、選挙に出る人が幹事で開催した年もある。 気に入らなかったので欠席した、同級生は落選し以後開催されなくなった。 (無関係な方が聞けば笑い話)
矢掛中学校・・・ほとんどなかったが7年前、事業に成功した人が音頭を取って開催。こいつは各イベントの段取りが悪く後始末に数か月間苦労させられたので欠席。380名中50名ほど出席したらしい。 (もうないだろう)
矢掛高校・・・10年ごと幹事が変わる変則性になり欠席。今はどうなっているか興味なし。 (それよりも廃校の危機)