ルーチョ・チェーヴァ『テスケレ』、巧妙に仕組まれた政治風刺小説


 翻訳は1974年9月に河出書房新社から刊行されている。この
本は短編集であり、巻頭の作品が「テスケレ」である。奇妙な
言葉とまず感じるだろう。トルコ語である。実に巧妙に仕組ま
れた政治風刺小説である。なんだか奇抜な思いつきだけと思っ
てしまうが、それが政治に不条理さ、不可解さを見抜いた著者
の眼に支えられている、と読むとわかってくる。

 第一次大戦後、オスマントルコは崩壊した、ここであのケマ
ル・パシャ、ケマル・アタチュルクの活躍である、トルコに革
命がもたらされた。ケマルの指導による改革が進む頃、イタリ
アから使節団が派遣された。その使節団に、改革されたトルコ
の新制度、「テスケレ」の制度に衝撃を受けた者がいた。旧オ
スマントルコの時代には、少数の特権階級にしか与えられなか
ったテレスケという名の身分保証書が全国民に配布されること
となった。ただし、それは「二時間ごとに更新されねばならな
い」という規則なのだ。

 それを知って、仰天するイタリアの随員たちに、トルコ政府
の役人は、それは国民の平等への要望に応えた制度だと、この
制度で社会秩序が保たれると得々と説明した。

 この作品は、その随員の思い出話で始まる。でも想像するだけ
でイヤケがさす。二時間ごとに証明書の書換え、という著者の
発想になんだか北朝鮮かどこかの惨状を連想してしまうからだ。
スターリン主義への反感が込められている、のは事実だ。無論、
二時間ごとの証明書発行など作り話だと思うが、それがこの作品
の風刺性なのだ。しかも一種、気味悪さも感じさせるのは、平等
を求める国民の要望が、結果としていつのまにやら、国民をガチ
ガチに束縛する道具になって降り掛かった、という皮肉だ。

 翻訳だが、筆致はとうてい深刻なものではない。軽妙なユーモ
アに満ちている。深刻なものへの苦笑いと云うべきか。

 著者はイタリア人作家である。

  Lucio Ceva (Milano, 3 novembre 1929 – Milano, 15 ottobre 2016)

  Lucioceva-orizzontale-kGGD-U43230719144387VnD-1224x916@Corriere-Web-Sezioni-593x443.jpg

この記事へのコメント