ジョン・バージャー『G.』1975,新潮社、現代のドン・ファンの心を視点に社会史を描く「全体小説」か

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 『G』とは作品のタイトルでもあるが、実は主人公の名前
である。この小説は、主人公の父であるイタリアの貿易商が
、主人公の母であるアメリカ娘を誘惑するところから始まり、
主人公の死で終わる。上下巻ある長編小説の趣だ。作者の
ジョン・バージャー、John Bergerは1926年11月5日イギリス
生まれ、2017年1月死去、ロンドンのセントラル美術学校な
どを卒業、画家、美術評論家など。

 だから19世紀の小説めくが、そこだけである。主人公の名
前はG,。まるでカフカのようだし、ドンジョヴァンニ伝説を
下敷きにする点はジョイスなどの神話的方法と変わらない。
ところどころで一人称じょ叙述になるのは、ジョイスに学ん
だのかどうか、ところどころで一人称となるのはロブ・グリ
エのようだ。つまりこれは20世紀の小説の技法が、ふんだん
んに使われているようでもある。

 多分、20世紀の小説技法が十分に使われているようだ。
小説的叙述、詩、歴史的描写、また政治、宗教、歴史、時間、
料理、性などにつき、抽象的考察が混在し、また他人の文章
の引用もあり、ごちゃごちゃ混在し、様々の断章で構成され
ている。過去形、現在形が併用、パラグラフの一字下げがな
く、なんとも新奇な印象を与える。

 などと書くと、また難解な前衛文学かと思ってしまうが、こ
の風変わりな小説は、妙に面白い。19世紀後半から第一次大戦
までのイタリア史、ヨーロッパ史を背景とし、現代のドン・
ファンの姿が描かれる。というのか、ドン・ファンの心理から
政治史が照らし出される趣だ。社会から性を見るのではなく、性
の側から社会を見る、という方法論だ。で、そこに描かれるのは
性生活だ。イタリアの貿易商の私生児は、両親と離れ、イギリス
で育ち、5歳で女性家庭教師を愛する、15歳で叔母と関係する。

 Gは社会にあって常にその変動にさらされて生き、女性を次々
に誘惑するドン・ファン、とともに政治的生き物を余儀なくさ
れる。そういう男の生涯を描いている。一種の「全体小説」の
試みのようだ。野間浩が日本では追求した。人間をそれを取り
まく社会、現実とともに総合的に表現、というのが全体小説であ
る。意識してそうなっているのかどうか、なかなか優れた試み
には違いない。

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