五木寛之『夜のドンキホーテ』1973,現代の東京をさまよい歩く「ドン・キホーテ」、実は作者の風変わりな半自伝では?

もしタイムスリップで現代の東京にドンキホーテが出現し
たら、まあ、そんな想像は普通しないだろう。風車を、・・
・・・今なら「風力発電」の巨大な、低周波公害、空気の流
れを阻害する化け物めがけて突進する人はいるかもしれない。
でもドゥルシネーア姫を?そりゃ、スペインならではの話だ
ろうが、夜の巷まで考えればありえない話でもないだろう。
ただ小説として、憂い顔の老騎士の存在なら、まあ虚構の世
界で、と云うことだったと思う。
主人公は、ドンキホーテ役として、東山正剛という72歳の
「老人」である。かれは福岡でみみっちい下宿屋を経営して
おり、九州大学農学部に通う浜田昌平と、某私立大の5年と
自称する軽薄な清川明彦という二人が間借りをしている。
東山先生は明治30年、1897年生まれ、成績はそこそこでき、
小学校の教員となったが、同じ学校の女性教員と恋愛に陥り、
故郷を追われ、大陸にわたって教職についたが海軍兵学校に
入った息子は戦死、終戦直後に最愛の妻も亡くなって、ひと
り故郷に舞い戻った。倫理的で硬骨漢であった。したがって戦
後の教育界のありがたには義憤を禁じえず、実業界に転身し、
ブローカー業務なども経て、現在の生活に落ち着いている。
と五木さんの設定はなかなか込み入っている。長身痩躯で、
拳的な風格を漂わせる、武道にも長じている。毎年、春にな
ると躁状態で気持ちが高揚する。そんなある日、孫のように
かわいがっていた浜田青年が無断で外泊、でその部屋に入っ
てみたらヌード写真やコミック、下品な本が散乱している。
先生は怒りで、また羞恥心も催したが、今まで、無関心だっ
たそれらの本を、ならとメモに取りながら、読み始めた。
これらの不真面目本は清川青年が浜田青年の蔵書を無断
借用したお返しなのか、こっそり投げ入れたものである。だ
が先生はそれに気づくはずはない。興奮のあまり、魔都の東
京でモラル回復の警鐘を鳴らそうと、転落している浜田青年
を救うために上京を決意する。かくして清川青年と東京に出た
先生は、新宿のホテルでテレビを盗聴器と思って壊したり、
当時の言葉でトルコで失神するが、、途中で清川青年が先生
の金を奪ってドロンしてしまう。先生は金もなくあてもなく、
東京の街をさまよい歩いた。
だが先生の古武士テキスタイルは注目を浴び、著名なカメ
ラマンのモデルとされ、深夜のパーティーに加わり、テレビ
にまで出演、学生デモに巻き込まれ、やっと探していた浜田
青年に巡り合う。
私はこれは作者の五木さんの随分とディフォルメした、実
は半自叙伝ではないかと感じた。何より作者の体験が生きて
いる。滑稽だが確かに風刺も強い。歌謡曲の歌詞に啓示を受
けて行動、五木さんの実体験では、とも思える。評価は読者
に委ねるというところだろうが、
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