真継伸彦『仏教のこころ』1979,「死への自由」の自覚と模索、・・・

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 さて、・・・日本ほど仏教の本来の理念が歪曲されている
国もないが、それが全て社会的規範として「既成事実化」さ
れて仏教とは云うが、要は石材屋と並ぶ葬儀産業に!日本の
「自称仏教」の現実がある。警察が死んでいる者を「ほとけ
さん」というくらいに世界最低の「仏教国」の日本である。

 日本人が歪んだ因襲、思い込みにあまりに染まりやすい、
という国民性、民族性は仏教の受容と歪曲においてもっとも
極端である、・・・・・とまあ、私のひとくさり、なのだが。

 真継伸彦とは昔、大阪外語大に講演に来たことがある、当
時はいかなり人物やらさっぱり分からなかった、京大文学部
から上京、バイトからスタートし、文学で世に出た、これが
大雑把ながら基本知識となる。基本は文学者である、あるが
、創作活動とともに仏教研究をしょうがいの責務とした方で
ある。

 この「仏教の心」は我ら人間が死に対して持つ恐怖心、「
死にたくない」という「死からの自由」をまず求めるものだが、
それに対し、現実、死は程なく必ず到来知るのだから、持つべ
き態度、心的態度は「死への自由」しかあり得ない、と主張す
るものである。

 私は最近思っているが、「生」に対するものは「無」という
より「設定無し」ということ,「無」とはこれまた定義は難
しいが、「無」と云えば「無」というものが在る!かのよう
な錯覚をしてしまう。ではない、死ぬとは、生が終わるだけで
あり、その後は設定はない、空間の設定もなく時間の設定もな
い、「何かを論じる」設定自体がないから、生が終われば、宇
宙の終わりも宇宙の始まりも、同じこと、つまり関係ないので
あるから、・・・・・「死」というものはない、あるものは「
生が終わること」だけ、眠ってそのまま目が覚めない、と変わ
る点はない。

 という最近の思いを胸に真継さんの『仏教の心』である。

 つまり「死からの自由」でなくして「死への自由」というわ
けだ。真継さんの仏教研究は、はるか京都時代の、青春時代の
思索に由来し、生きる自由ではなく、死ぬ自由を求めての「死
への自由」という問題にぶつかったことから始まる。

 この自由とは、もともと仏教用語であり、命題である。何か
英語の翻訳で初めて明治期に「自由」という言葉が生まれたみ
たいに思うが、そうではないのだ。本質的にこの自由を求めた
のは釈尊、臨済、法然、親鸞など、その意志と布教の特徴を解
明しながら、「死への自由」を求めた真継さんの自覚と思索の
過程がひたむきに語られる。

 仏教には「煩悩なる私=不自由」と「本当の私=自由」とい
う二元論的な自己理解があるという。「煩悩なる私」は何ら実
体のない存在だという悟りを得たのが釈尊であったが、本当の
私=自由=無我即真我への到達こそが仏教の根本的目標である。
煩悩具足の我々は、せめて「いささかでも煩悩の虚妄を知って
、妄執を脱脂、煩悩を遊び道具に変えてみよう」と真継さんは
云うのである。

 全く人生は掛け値なしの一度限り、これには言いたいことが
ある、と思う人もいいだろうが、どうしようもない。死は「
私及び私にとっての世界の完全なる無化」と確信する。考えて
見れば、死んだ後になにかある、それは佛になるという、あま
りの愚論が既成仏教の石材屋との共同営業化、葬祭業化によって
この日本では絶対化している、人の心まで堕落の極に転落させて
いることは明らかだろう(この部分は私見だが真継さんの考えと
変わらないと思う)

 仏教の根本に慈悲がある、慈悲とは共に苦しむことだ、この
行によって感謝の境地=無我に入ることを本来の仏教は教える。
真継さんは金芝河の保釈運動に邁進するなど、多くの市民運動
にも参加された。そういう場所でキリスト教の牧師には多く
出会っても仏教の僧侶に出会うことはないという。そりゃそうだ
ろう。仏教の名を詐称っするのみ、葬祭業の既成仏教への厳しい
批判精神があるのだ。

 文化は宗教の肉化ともいう、その宗教の肉化のためにも意義あ
る本である。

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