クラウス・マン『転回点、ーマン家の人々』あのトーマス・マンの自殺した長男の自伝、結局、真の自己を語らず

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 1949年の初夏、トーマス・マンの長男である一人の作家
が自殺を遂げた。その後で、彼の最後の論文が翻訳され『
インテリは生きていられない』という邦題が示す問題提起
が知られるところとなった。しかしそのクラウス・マンと
という作家がどのような人物、作家であったのか、その深
い絶望の実体を理解は容易ではなかった。だが元来は1970
年からだと思うが、三巻にわけて晶文社から出版された、
クラウス・マンの自伝ともうべき『転回点』、その後、再
版が同じ晶文社からでたときは『転回点、ーマン家の人々』
という新たに副題が付けられた邦題となっていた。

 内容はクラウス・マンが生を享けて第二次大戦が終わるま
での自伝小説である。長編である、通読も簡単ではないと思
う。その個性も作家として資質も優れたものだろうとは思う
だろうが、単にそれだけではない。最初は三巻、上中下、で
刊行され、その最も興味が湧くのは上巻で、父のトーマスと
母を中心に、彼を取り巻く人々を綴る部分だろうか。クラウ
を含む子供たちから「魔法使い」と呼ばれていた父のトーマ
ス、実に奇怪な部分を持った人物だったようだ。クラウスが
生涯、ずっと深い愛情を持って、しばしな一緒に旅した姉の
エーリカはかなり図抜けた立体感を持つ人間性である。クラ
ウス自身は同性愛的資質を隠そうとしない。この二人が父親
の七光りもあってか、世界的な名士たちの社交界にズカズカ
入り込んでいく有様は異様と云えば異様だ。

 だが中巻に述べられているアメリカの名士たち、知識人の
多彩さ、魅力は、また格別である。また当時のフランスの芸
術家たちも数多く述べられており、さらに本国に戻ったアメ
リカの作家たちも数多く紹介され、あらゆるたぐいの亡命芸
術家たちが、ドイツ語や、英語で語るさまは西欧社会の真髄
のようだ。姉のエーリカが女優であったため、その交友は広
く映画界に及んでいる。もっとも重要な政治家たちも近い存
在であり、ヒトラーと喫茶店で隣り合わせた時の様子なども
述べられている。

 ヨーロッパの知識人の中枢部、にいたというべきか、およ
そ日本人には無縁の交際である。アメリカで亡命生活を続け
るためにクラウスは働き、その「パーソナル・ヒストリー」を
語ることで大いに歓迎されたと云うが、この自伝小説がその
公演と同じコンセプトで「私の体験では、見たところ」という
物語である。ただし特徴はその交際、入る世界のあまりに一流
さ、広さである。下巻は「危機の芸術家たち、転回点」にい
たって、ファシズムと戦う芸術家を力説する。アメリカの市民
権をついに得て、アメリカ軍に入る。エーリカも女優から、
アメリカの新聞記者となった。その鋭敏な、ハイソな時代感覚
は時代の責務、責任感に満ちている。だが冷戦の現実化、暗い
予感に襲われたようだ、この絶望こそがクラウスを死に追いや
ったのかもしれない。でも「インテリは生きていられない」と
いうその内面はお世辞にも見えてこない。真の自己を語ってい
ない、語られない所に自殺の真の要因があった、・・・・と思
うしかないのだが。長々と綴ったのは入り込む世界のあまりの
多彩さ、・・・・・それ以外に何があったのだろうか。

Elika Mann,Klaus Mann


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Klaus Mann  1906~1949

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