芝木好子『丸の内八号館』1964,戦争の暗い時代に押しつぶされた青春

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 1964年、昭和39年に講談社から刊行、現在は講談社文庫で
読めると思う。ただ1964年に刊行されたのは三つの連作であ
り、「丸の内八号館」、「華燭」、「今生」、これらを通じ
て恭子という一人の若い女性を主人公として描く。若い女性
といって既に15年戦争は始まって泥沼は深まりばかり、中国
相手で勝利が続くが国内は代用品の物資不足、「勝ち続けて
なぜ兵糧攻めされる?」と愚痴がでるほど、対米開戦も予測
されていた、重苦しい不安な時代である。

 この時代を描いた小説は多いが、多くは男の目からの戦争
の脅威、特高による日常生活の弾圧を扱うものが多い中で、
この作品は女性らしく、というのか芝木さんらしく、という
んべきか、それらを深い靄のように暗示的に描くにとどめる。
その時代に青春を生きねばならなかった若い女性、その実感
を通して女性の運命の側から真情を込めて描く。これこそが
この作品の特徴だろう。

 芝木さんはあの時代の戦時色一色の社会も、抑圧的な家族
制度も、自分に対する一連の深い靄(もや)として受け止め、
その中では青春の謳歌などそもそも不可能であり、自由な恋
愛も結婚もできない。不安抱えて漂う恭子の運命を深みある
哀愁の思いを込めて回顧する。

 ところで芝木好子の夫は東北帝大を出た経済学者の大島清、
というが同じ年齢で東北帝大の経済に在籍の大島清はふたり
いて大学もよく間違えたという。新潟高校から入った大島清
新潟大島、小樽高商から入った方を北海道大島と云って区別
していたそうだが、芝木好子と結婚したのは北海道大島で、
筑波大副学長も歴任している。1941年に芝木好子と結婚して
いる。

 さて、恭子は丸の内の経済研究所に勤務のタイピストだが、
その研究所に大卒が三人入り、恭子はその一人、小野田(大島
ではない)にひそかに愛を感じ、本を貸し合ったり、テニスを
したりするが、これら新人大卒三人は学生運動の県議で警察
に調べられ、研究所も退職させられる。以後、小野田は懐疑的
的になって、恭子との恋愛も実らせず、出征将校の妻と心中未
遂したりして消え去った。

 時代は切迫し、若い男たちは次々に戦争に駆り出される。
そんな中で恭子は別に指して愛は感じないまま、小野田の友
人(北海道大島)の木川と結婚する。木川野両親が東京の社宅に
北海道から来て同居、その木川も応召する。恭子は旭川の連隊
にはいる木川を見送っていくがそれがあの散々な時代の新婚旅
行となった、・・・・のであるが。
 

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