北杜夫『どくとるマンボウ昆虫記』1961,際立つ視点と『愉快な仲間(北杜夫、遠藤周作、阿川弘之)』(雑誌「図書」1994年7月号)
・・・・・北杜夫さんが亡くなったのは2011年か、生まれ
たのが1927年、昭和2年、84歳は男性としては多少、長生き?
といていいレベル、船医をされたり登山に同行されたり、か
なり活発なキャリアだったと思えるがその作風はユニークだっ
た。堂々たる純文学もある、最初は『幽霊』だったか、新潮文
庫で昔読んだ記憶がある。冒頭が「人はなぜ神話を語るのであ
ろうか」、・・・・だったかどうか、正確な記憶ではない。
『どくとるマンボウ昆虫記』についてなにか書こうと思った
が、北杜夫さんについての思いが湧いてきてしまう。岩波のPR
誌『図書』1994年、7月号、ここで遠藤周作、阿川弘之、北杜夫
の「仲良し三人組」の対談が載せられている。これは興味深い。
タイトルが「座談会 愉快な仲間」である。
遠藤:阿川さん、「図書」連載の「志賀直哉」とうとう完結さ
れましたね、おめでとう。近々、本になって出るんだってね。ま
あ。乾杯といきましょう。
阿川:ありがとう、だけど、その「さん」はよせよ。わざとら
しい(笑)。
遠藤:北さんの「茂吉あれこれ」もよく読まれているそうじゃ
ないか。こっちも長いね、いつ終わるわけ?
北:なかなか終わらない、途中はしょちゃおうと思うんです。
余命、いくばくもないし。
遠藤:その気持わかるなぁ、でもあと50回くらいはいくでしょう。
北:どうでしょうか。遠藤さんは私と違って、お仕事である程度
リラックスできようですね。
遠藤:リラックスってことはないよ。俺だって、苦労するときも
ありますぜ、北さん、鬱がつらそうだな。
北:いや、なんとか。酒を制限してましてね。
阿川:鬱のときは制限するの?
北:いや、タバコを吸い出してから。
遠藤:また始めたの?
北:酒とタバコくらいやらないと、書けるようにはならないと思
ってるんですが。酒はずっと減らしました。
阿川:酒を減らしても、お酒飲むと鬱の状態はよくなるの?
北:少しリラックスはできますね。阿川さんは酒の量は増えずで
しょう?
阿川:いいえ、この頃はめちゃくちゃよ、「図書」に書いていた
ときの担当編集が呑助けで、事あるごとに一献、それと頑固な左翼
ときてますから。
遠藤:へぇ、左翼の人なんですか?
阿川:それが妙にユーモラスな左翼でね、それで一緒に仕事をする
のに気が合ってしまって、なんか変な関係なんですよ、
北:変わってますね、僕な彼のことをどこかで「大左翼」なんて
書きましたよ。
・・・・・阿川の「志賀直哉」について北杜夫さん
遠藤:志賀直哉って人は書く人にとっては素晴らしい材料ですね。
北:もう、絶対に超えることが出来ない、僕が志賀直哉先生に教え
らてたことは、お庭に志賀先生がパン粉を撒くとスズメが寄ってくる
んです。あれを僕も羨ましいと真似たんです。すぐやめました。また
再開したら雀ばかりか、ムクドリもやってきて。
遠藤:あの梅ヶ丘あたりで?
北:そうなんです。
・・・・
北:ぼくは若い頃、(暗夜行路」を読んで退屈でした。まともな小説、
純文学は読まない時代でしたから、ところが山登りの描写があるでしょ、
大山に、あれは素晴らしいと持った、あそこに感服しました。小説の
神様とはこういうものかと思いました。
これが1994年7月号、座談会は6月と思う、1997年に遠藤さんが亡く
なった、北杜夫さんはこれからさらに17年生きられたのだが。
さて『どくとるマンボウ昆虫記』
「昆虫記」というが「ファーブル昆虫記」とどう違うのだろうか。
まず「人はなぜ虫を蒐めるのか」に始まるのだが、蝶、蟻、甲虫、蝉、
蜂など虫の話がずらりと並ぶ。いずれも痛快な脱線があり、虫好きな
人には相通じる内容だろう。だが1961年の刊行だが、当時は子供たち
が夏休みは昆虫採集に明け暮れる時代、まだ虫に親しむ時代だったが
、いまやそれもない。虫といえば害虫しか見ないような世相だ、意識
も虫といえば害虫、である。まだあの当時は虫好きが健在だった。
昆虫でも非常に熱心な人がいて、蝶の中のパルナシウス属だけを
蒐めているというタイプの人もいる。普通の人には理解できないよ
うな会話が30頁ほど続く。虫といえばゴキブリなどの害虫しか思い
うかばず虫=殺す対象、という者も含め、同時によろこばせるよう
な話ができる人間なんて滅多にいないかもしれない。
ファーブル昆虫記は素晴らしい、ファーブルのダーウィン流進化
論への疑問は納得できる、自然淘汰だけで進化など起きるはずはな
いのに、あたかもダーウィン進化論を全肯定しないと非科学の輩とし
しかみなさない風潮は腹立たしい。だが北杜夫の昆虫記は、虫趣味
に埒外の人も満足させる可能性がある。
ともかく、まだ30を越したばかりの北杜夫さんが繊細にして豪胆
な筆致で、例えばツチハンミョウの生活史について書いてあっても、
またまず普通は出会うこともない虫について滔々と長々と書いてい
ても、どんな読者もついていけそうな魅力があると思う。なんとい
っても気取らぬさばけた、品性すぐれた北さんの話術自体の魅力だ
と思う。やはり持って生まれた品性である。ただどうじに、実に、
ひねくれたような部分もある、だから面白いのだ。
ともかく「航海記」以来、文学を絶対にもったいぶらない、どくと
るマンボウさんの持ち味はこの時点で満開している。
この記事へのコメント
乱読の頃で、内容はほとんど覚えていません。